小劇場からスタッフが消えて

イラスト:すずえゆみこ

今、地方の「小劇場」には、あらかじめ三つほどの照明パターンが組まれていることが多くなった。親切な配慮だ。怖い脚立に乗って照明の灯体を動かさなくていい。線をひっぱってつないで分岐させる作業をしなくていい。スイッチ一個で便利だ。しかし、自分でデザインを工夫したい私には不便な場所になってしまった。組んである配線をゼロにしてから仕込みを始めないといけない時間のロス。そして上演終了後はもと通りにつりなおす面倒、疲労。
どうしてこうなってしまったのか。遺跡の出土物から人々の生活が見えるように、劇場の物理機構から推理できることは多い。若者の劇団は、照明をデザインしなくなったってことだ。この使いにくい「親切な」機構に劇団は苦情を言わなくなった。つまり照明家は現場から消えたのだ。
ついでにいうと、舞台美術家もいなくなった。劇場の壁はたいてい薄明るいグレーが基調で、あるいは清潔そうな木目調で、ブラックボックスではない。天井はぺらりとさわやかな灰色だったりするから、どんな照明もハレーションを起こす。舞台美術が映えなくて台無しだ。けれど苦情を言う人がいなくなったのだ。美術展で絵を飾ることを考えてほしい。背景は黒か白のシンプルな壁だ。視覚的にうるさい壁では絵がだいなしでしょ?
へんに明るい壁を隠そうと安直に黒い幕で囲んでしまうと、布は音を吸収してしまう。声は稽古場と違って客に届かない。役者は力んで声を張り上げる。つまり音響家もきっと消えたのだ。臭い演技はこうして若手劇団の定番になる。
すべての劇場を見たわけではないが、皆さん試しに催しのない日にからっぽの劇場をみにいってほしい。おそらくこうなっていることに気づくだろう。
劇団からスタッフが消えた。いや、かつても劇団に「スタッフ」という人が別にいたわけではない。役者が兼ねていただけだ。しかし片手間とは言えない芸だった。先輩役者は照明ができなきゃ芝居の企画が成り立たなかったからやってただけだ。だから後輩たちもほかの重い裏方仕事を背負った。自然の成り行きだ。上演はイベントの企画なんだからそもそも大変労力がかかるものだけれど、若者は協力して軽々とそれをこなした。上演は年に四度、五度と実行できた。しかし今。裏方の負担をしないのが常になった役者だけの集団では、上演は大変な労苦だ。劇団は継続しない。しても、年に一回ほどしか上演できない。演劇活動の量は明らかに痩せた。場数がへったから上達もできない。
そして今、脚本家が演出をしてます、と名乗ってはいるけれど、実質的な演出はしていない。照明・舞台・音響に興味がない劇団。「総合芸術」に覚醒しない群れは、演技に注文を出すだけだろう。演出という域の仕事はなされていない。脚本家の書くことばも書き言葉からほぼ離陸しない。空間を支配する無形の力を持てないままだ。
そしてそれを今の時代「若手劇団」とよぶのだ。似てはいるけれど、かつてとはかなりちがう。つまり、演劇全体が相当痩せたのだ。
雑多な素人でも盛り上がる自己主張の場がつくれたのが「演劇」だ。演劇が貧困化するのは、民主主義の貧困化だと私は思っている。比喩ではない。人民が演劇を失うことは、生身の肉体、肉声でライブに目の前にいる聴衆の心を動かすあの貴重な興奮を、アジテーションを美術の域に高める芸を失うことになる。ネットや映像では伝わらない波動、人間の生身が発する五感すべてから伝わる存在感。それが失われかけているのだ。スタッフを金で雇える富裕な若者だけしか演劇できない現代。そうだ。金のない我々人民は演劇をこの手に取り戻さねばならないのだ。
そう考えて四年前。私は演劇過疎地の伊予西条に、不親切な小さな空間を作った。オーナーが演劇好きで、アーケード商店街にある元帽子屋をくりぬいて黒く塗った。二月に上演をする。ここから再生するのだ。(劇作家 公認心理士 鈴江俊郎)
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《上演データ》
2024年2月24日(土) ドラマリーディング三本立て企画
「沈みゆくこの国へ」を共通のテーマとして関西・四国在住の劇作家が新作の作品を上演します。
作・演出 鈴江俊郎 上品芸術演劇団「とんでもなくとおくからとうてみる」
作・演出 水上宏樹 オセロット企画「冬休みの晴れた午前中」
作・演出 南出謙吾 ひとり芝居「よわぶくみの大志」
愛媛県西条市 伊予西条駅前の■Ishizuchi倉庫 にて。13時―20時。
劇作家三人によるトークがあります。
詳しくは https://twitter.com/shiroinuma_000 まで。


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