かわらじ先生の国際講座~軍事と経済

No Picture「戦争は経済的な利益をもたらす。つまり戦争はもうかる。だから戦争は終わらない」という言説を聞いたことがあります。これは本当でしょうか?

たとえば軍産複合体のことを言っているのですね。軍部と巨大な軍需産業が結びつき、戦争を行うことによって国家に大きな経済的波及効果をもたらすというものです。すこしネットで検索すれば、多くの研究がなされていることがわかります。ただし客観的な論証のむずかしい分野です。軍事や安全保障の問題は機密性が高いこともありますが、国防上、軍備を増強するのはやむを得ぬことであって、決して利益を生み出すことが主目的なのではないと言われたら反論は困難です。
とはいえ、政治家の言動の端々から、戦争の背後に経済的利潤の追求があることが窺われるのも事実です。

No Picture具体事例を示してもらえますか?

米国のバイデン大統領は10月19日、テレビ演説を行い、ウクライナとイスラエルへの大規模な軍事支援の必要性を国民に訴えました。米国国内では野党である共和党を中心に、ウクライナへの支援策に反対する声が強まっているため、それを抑えるためにも、このスピーチのなかでバイデン氏は、ウクライナ支援が米国の産業と経済にとってどれだけメリットがあるかを説いたのです。
つまり米国内の古い装備品をウクライナに送り、新しい装備品に入れ替えることは、国内各州の軍需産業の増産につながり、雇用創出をもたらすので合理的な投資だと言えるというわけです。米国国防省もこの大統領発言を踏襲し、ウクライナ支援策の目的が防衛産業の強化と雇用創出であることを表立って喧伝するようになりました。

No Pictureしかし大統領自らがここまで言わなくてはならないということは、実際にはそれほど米国経済がこの戦争によって潤っていないからなのではありませんか?

そういうことでしょうね。12月6日、米連邦議会の上院はウクライナへの大規模支援などの支出に関し、51対49で否決しました。このままだとウクライナへの支援金は枯渇するとバイデン政権は危機感を募らせています。議会のウクライナに対する姿勢をみると「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉を思い出します。これはウクライナに限ったことではなく、日本への対応についても言えることなのでしょうが……。

No Pictureそれはどういうことでしょう?

これは4年ほど前のニュースになりますが、米国のトランプ政権(当時)が日本に対し、在日米軍の駐留経費(いわゆる「思いやり予算」)を現行の約4倍に増やすよう要求し、日本政府を当惑させたと伝えられています。米軍による日本防衛の対価を大幅に釣り上げてきたわけです。

また、これは今年6月のニュースですが、バイデン氏は来年の大統領選挙を見据えた国内の演説の中で、自分が岸田首相を説得し、日本の防衛予算増額を実現させたと自らの成果を誇る発言を行いました。

これには珍しく日本政府が抗議したため、バイデン大統領は前言を翻し、自分が説得するまでもなく日本は自分の意志で防衛費増額を決めたと言い直しました。

しかしこうした経緯をみると、日本の防衛予算の大幅増額は米国の意向を踏まえたものであることは否定しがたいように思われます。米国は自国の財政負担を軽減するため、日本側に肩代わりさせ、それをわが国は拒めなかったという構図が見えてきます。

No Pictureそのへんは日本国民がなんとなく感じていたことですね。米国からのトマホーク購入も、純安全保障上の理由というより、ビジネス絡みなのでしょうか?

日本政府は昨年12月の閣議決定で、「反撃能力」(敵基地攻撃能力)を保有するため、2026年度以降に、最新型の巡航ミサイルであるトマホーク「ブロック5」を最大400発米国から購入すると決定していました。
ところが今年10月3日~6日、木原防衛大臣が訪米し、米国のオースティン国防長官と会談した結果、トマホークの購入時期を1年前倒しし、2025年度とすることに変更されました。しかも400発のうち約半数の200発は、旧型の「ブロック4」を買うことになったのです。

米政府もこれを承認し議会に通知したとのことです。購入費は円にして約3520億円になるとか。

No Pictureこの変更は日米どちらの要望によるものなのですか?

米政府が日本への売却を承認し、議会に通知したという文言を見るかぎり、日本の要望に米国が応えたかの印象を受けますが、そう信じる人がどれほどいるのか。
日本政府の説明によれば、わが国を取り巻く国際環境が一段と厳しくなったため、「反撃能力」の導入を少しでも早める必要性が生じたのだそうです。また、新型のトマホークは生産が追い付かないため、すでにある旧型を購入することが現実的であり(性能は新型とあまり変わらない由)、かつ値段も安くなるとのことです。
ですが、それを額面通りに受け止めることはできません。昨年12月よりも現在のほうが日本を取り巻く情勢が厳しいという根拠はとぼしいのです。先に述べた過去の経緯を考え合わせると、バイデン大統領の選挙対策の一環という事情が大きいのではないか。
選挙キャンペーン前に日本との大型取引を成功させ(新型の生産を進めるため、余剰の旧型は日本に引き取ってもらうという面も含めて)、その成果をもって議会と世論の支持を増やそうとのバイデン政権の思惑が透けてみえます。バイデン大統領が選挙活動の最中、うっかりそんな内幕を有権者に語るのではないかと、日本政府はひやひやしているかもしれません。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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