かわらじ先生の国際講座~混迷のベラルーシ

8月9日にベラルーシで大統領選が行われ、現職のルカシェンコ氏が8割を越える得票率で6選を決めました。この結果に対し、不正を糾弾する市民が抗議デモを行い、その規模は20万人にまで膨れあがりました。この事態に国際社会も注目していますが、ベラルーシ情勢はどうなっていくのでしょうか?

ルカシェンコ氏は1994年に初当選して以来、すでに26年間、政権を維持しています。ソ連から独立後の経済混乱を収拾し,企業の国営化を推し進め、国内を安定させたことが国民に支持されてきましたが、他方では、政敵を徹底的に排除するなど強権的手法が目立ち、欧米では「欧州最後の独裁者」などと揶揄されています。不正選挙に関しても、以前から再三言われていたことで、近年は大統領に対する国民の不満がけっこう高まっていました。

しかし今回の選挙では、これまでにないほどの大規模な反政権デモが起こりました。その理由は何でしょう?

第一に,経済の国家管理システムが行き詰まり、過去5年間の経済成長率が平均0.1%と低迷し、国民の生活が苦しくなってきたことでしょう。今年はこれに新型コロナウイルス禍の影響が加わり、経済成長率はマイナス6%に落ち込むと予想されています。ところが大統領はコロナ禍をことさら軽視し、対策を怠りました。
第二に、あまりに露骨な選挙操作です。当初は3人の対立候補者がいましたが、そのうち2人は逮捕され、もう1人は失格とされました。逮捕された活動家兼ブロガーの夫に代わり、チハノフスカヤ女史が出馬しましたが、前評判の高さにもかかわらず、得票率はわずかに10%。明らかな不正を示す映像や録音等の証拠物件も複数出てきています。

大規模デモに対し大統領側は強気です。治安部隊が投入され、死傷も出て多数が捕まりました。チハノフスカヤさんも一時拘束されましたが、身の危険を感じ隣国のリトアニアに脱出しました。このまま強権によって鎮圧されてしまうのでしょうか?国際社会の批判が強まっていますが、諸外国は何かしらの行動をとらないのでしょうか?

EU首脳は8月19日、テレビ会議を開き、この選挙結果を認めないことを確認し、ベラルーシの政権関係者に対し入国禁止や資産凍結など制裁を科す方針を示しましたが、それ以上深入りするつもりはないようです。ベラルーシは基本的にロシアの勢力圏だとの認識があるのでしょう。6年前のウクライナの教訓が尾を引いているように思われます。ウクライナでは親欧米派の政権が成立したものの、結局クリミア半島がロシアに併合され、今日に至っています。今回もプーチン大統領の出方を警戒しているのです。

アメリカも慎重です。8月25日、ビーガン国務副長官がロシアのラブロフ外相と会談しましたが、ビーガン氏は「ベラルーシ国民の自決権を支持する」と述べ、アメリカが内政に干渉するつもりはないことを明らかにしています。

欧米は相当ロシアの動きを気にしているようですね。そのロシアはどのような立場をとっているのでしょうか?

ルカシェンコ大統領の勝利後、ただちに祝電を送りました。また、ベラルーシ国内の情勢が制御不能になった場合に備え、ルカシェンコ氏の要請を受け、国境地帯にロシア治安部隊を待機させました。いざとなれば、国境を越えての進軍も辞さない構えを見せたのです。むろんこれは欧米の干渉を牽制する目的もあります。ちなみに今月半ば、ひとまず危険は去ったとして、ロシアは治安部隊を撤収させました。
9月14日、プーチン大統領はロシア南部のソチでルカシェンコ大統領と会談を行い、全面的な支持を表明し、15億ドルにのぼる経済支援を約束しました。両国は1999年に「連合国家」条約を結びましたが、ルカシェンコ氏は自立心の強い人物ですから、今までプーチン大統領の意のままにはなりませんでした。しかし今回、ロシアへの依存度を強めたことで、プーチン大統領が企図する両国の経済統合は一気に加速するかもしれません。
9月21日からロシアは、中国やベラルーシなど5カ国の軍隊とともに、ロシア北部で合同軍事演習を行います。これとは別個に、ロシア軍とベラルーシ軍による合同演習も予定されています。軍事的にもベラルーシはロシアに従属することになりそうです。

結局はパワーポリティックスの論理によってベラルーシは欧米と切り離され、ロシアや中国などの強権的国家との結びつきを強めることになるわけですね。そして民主主義を求める民衆の動きも孤立し、押さえ込まれてしまう運命なのでしょうか?

短期的には,選挙のやり直し等の劇的なことは起こりえないと思います。しかしルカシェンコ政権が、これだけ大規模な反政権運動に危機感を募らせていることも確かです。ですから新憲法を制定した上で再選挙に応じる方針を示すなど、何かしら譲歩せざるを得なくなっています。
それに、国際政治の潮流という大局的な見方をすれば、独裁政権の権力基盤は決して安泰ではありません。ベラルーシと同様に長期政権が続くロシアでも、プーチン大統領に対する国民の批判はかなり厳しいものですし、中国にしても、香港市民の民主化デモで明らかなように習近平体制は見かけほど堅固ではありません。これは希望的観測かもしれませんが、「コロナ後の世界」は、独裁的なものを許さない新たな政治の波が国際社会に生まれる予感もしています。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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