かわらじ先生の国際講座~コスモポリタンとして

安倍首相は9月4日から6日にかけて訪露し、プーチン大統領と首脳会談を行いました。成果はありましたか?

われわれにとって一番の関心事は領土問題でしょうが、進展は見られませんでした。むしろプーチン氏は、軍事面における日米同盟の強化に懸念を示し、日本と領土や平和条約をめぐる交渉をすることに消極的だったようです。

日本は打つ手なしということですか?

領土問題で今いちばん切実なことは何か。元島民の高齢化です。かつて1万7千人いた元島民は、現在6千人を割りました。平均年齢も80代半ばです。彼らが自由に故郷を訪ね、墓参し、居住できるようになるための持ち時間はそう長くありません。日本政府は8月、各新聞に次のような広告を載せました。

 www.gov-online.go.jp 
北方領土返還運動全国強調月間 | 新聞広告 | 政府広報オンライン
https://www.gov-online.go.jp/pr/media/paper/tsukidashi/1609.html
内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した新聞広告を紹介しています。

「日本には自由に帰ることができない故郷があります」と書かれています。もし本当に政府が元島民のことを考えているのであれば、すぐにでも故郷に帰れる方法はあります。日本政府次第なのです。

どういうことですか?

元島民が自由に故郷に帰れないのは、ロシア政府が禁じているからではありません。むしろロシアは、元島民を含め、日本人が北方領土に来てくれることは大歓迎なのです。何ならそこに家を建てて、暮らすことだってできます。日本人が北方領土に入れないのは、日本政府のせいです。

もっとわかりやすく説明してください。

外務省の「北方領土への渡航自粛要請」をお読みください。

日本人がビザを申請し、パスポートをもって北方領土に入れば、そこをロシア領と認めたことになる。ロシアの不法占拠を肯定するような行動をとれば、日本の法的立場を害する。もし日本人がそのような行動をとったことが判明した場合、「政府は、適切に申入れ等を行ってきています」と、やんわりとですが、脅しをかけています。

脅しといいますが、それは当然でしょう。日本の法的立場に背くことは国民としてあるまじきこと。それこそ非国民と言われかねませんよ。

しかし、それが不法なやり方であったにせよ、この74年間、北方領土はロシアが実効支配し、事実上ロシア領になっていることは子供でもわかります。であれば、納得はしなくとも、そして抗議の声は出し続けるにしても、いまはロシア領として入国せざるを得ません。それに、元島民にとっては、そこがいまロシアの主権下にあろうと日本の主権下に入ろうと、故郷は故郷です。

そんな反日的なことを言っていいのですか?

国家というものを背負って発言するから、そんなに窮屈になるんです。国家なんて土地の管理人だと思えばいい。74年前まで日本が管理していた土地を、いまはロシアが管理しているだけ。だれが管理人であれ、そこに住みたければ、行って住めばいいのです。現にニューヨークで暮らしたい日本人は、そこでマンションを買って暮らしています。終の棲み処をハワイやニュージーランドに決めた日本人も大勢います。京都が気に入って、家を買って住んでいる外国人もたくさんいます。彼らはわれわれ以上に京都のことを愛しているかもしれません。人生の最後を北方領土で送りたいと願う元島民がいるならば、ロシア政府も北方領土のロシア人も拒みません。土地も家も提供してくれるでしょう。そこで商売をしたっていい。在ロシア日本人として永住権をとることもできるでしょう。

でも日本固有の領土をロシアが不法占拠しているのですよ。それを受け入れるなんてプライドが許しません。

そう感じるのは、国家と自分を同一視し、国家を亀の甲羅みたいに背負っているからです。われわれはたまたまこの地球に生れ落ちて、つかの間生き、死んでゆくのです。だれもこの地球を所有できません。生あるあいだ、借りているだけです。そしてできるだけ汚さないようにして、未来の世代に引き渡すのです。国家が所有しているとか、国家固有の領土だとか、とんでもないのぼせ上りです。自分を地球市民(コスモポリタン)だと思えば、主権などどうでもよくなります。国家のなかにいる以上、国籍という約束事は守りますが、人は住みたいところに住む自由があります。そこがロシア領でもいいではありませんか。元島民が故郷に戻りたいなら、日本政府の言うなりになる必要はありません。残された時間を考えれば、元島民の方々は、これ以上国家のメンツに付き合わなくてもいいのではないか。コスモポリタンとして行動すれば、どこに国の管轄下にあっても、故郷は故郷でしょう。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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