かわらじ先生の国際講座~韓国によるGSOMIA破棄問題

韓国がGSOMIA(ジーソミア)を破棄したことが、あちこちで厳しく批判されていますね。日韓関係をさらに悪化させるだけでなく、アジア全体の安全を脅かす暴挙だと言って。それについてどうお考えですか?

わたしも日本にとって重大な事態だと思っています。しかしテレビや新聞が報じているのとは違う意味においてです。

どういうことですか?

まずGSOMIAについて簡単に説明しておきます。これは「General Security of Military Information Agreement」の略語で、邦訳は「軍事情報包括保護協定」。同盟国などが重要な軍事機密を提供し合うとともに、その漏洩を防ぐことを目的とした協定で、日本と韓国は2016年11月23日に調印しました。本来はもっと早く結ぶべきところでしたが、慰安婦問題等によってこじれ、紆余曲折を経て調印に至りました。

軍事協定である以上、敵国が想定されていますよね?

第一には、核・ミサイル開発をやめない北朝鮮、第二には、その背後にいて軍備を増強している中国です。ですから中朝両国は、この協定に反発しました。

では、この協定破棄は中朝を利するだけで、日米韓の同盟関係を危うくし、日本の安全保障を脅かすことになりませんか?

軍事情報の肝心な部分はアメリカが掌握していますから、日韓の情報はそれを補完する程度のものです。また日韓がそれぞれ有する情報は、当然アメリカと共有されますので、アメリカを介して日韓も情報は得られます。現に3年前までは、この協定がなくてもやってこられたわけですから、急に危険が高まるという性格のものではありません。それよりもGSOMIAは、日韓の軍事的連携、そして日米韓の結束の固さを対外的にアピールする象徴としての意味合いが大きいと思われます。

しかしその連携を断ち切るような韓国の行動は、東アジアの勢力均衡を崩すことになりませんか?

たしかに従来の安全保障観からすれば、東アジアの勢力図は「日米韓」VS.「中露朝」の力が拮抗する形で成り立っていましたので、韓国の行動は利敵行為と呼ばれかねません。実際アメリカ政府(特に国務省と国防省の長官や高官)が、韓国によるGSOMIA破棄に強い「失望」を表明し、翻意を促しています。逆に北朝鮮は、GSOMIA破棄を当然とし、それを批判する日本を非難しています。

他方、中国外務省はGSOMIA破棄に対し「歓迎」をにじませる発言をし、ロシア政府は静観の構えのようです(『朝日新聞』2019年8月24日付)。

ところでわたしが注目するのは、トランプ大統領の態度です。彼は政府高官たちとは一線を画し、この件で沈黙を保っています。

トランプ大統領の沈黙がなぜ気になるのですか?

表面上、今回の韓国によるGSOMIA破棄は、日韓が非難の応酬を行うなかで、文在寅大統領が前後の見境もなく、日本を困らせるために切った外交カードと受け止められがちですが、実はその裏で、別の外交ゲームが密かに進行している気がするのです。

そう言われてもピンときませんが……。

G20大阪サミット翌日の出来事を思い出してください。訪韓したトランプ大統領が、文大統領のお膳立てで、板門店に赴き、そこで金正恩委員長と対面するというビッグイベントがあったでしょう。あれはトランプ大統領の思いつきによる即興的なパフォーマンスと思われていましたが、実はだいぶ以前から周到に準備されていたらしく、日本だけが仲間外れにされ、蚊帳の外に置かれていたようです。トランプ大統領と文大統領は、どうやら本気で北朝鮮との和解策に取り込んでいるふしがあります。

そういえば最近、北朝鮮が立て続けに何回も短距離ミサイルの実験を行っているのに、トランプ大統領は全く意に介していませんね。

はい。トランプ大統領は8月23日夜、記者団に対し「金正恩委員長はとても率直だ。彼はミサイル実験が好きだ。我々は短距離ミサイルを制限していない」と語っています。(『朝日新聞』2019年8月25日)。北朝鮮のミサイル実験にぴりぴりしているのは日本だけで、アメリカはそのミサイルが自国に届かなければ、もうお構いなしの姿勢なのです。その文脈上で考えると、韓国によるGSOMIAの破棄は、アメリカと韓国が金正恩委員長との和解を進めるための布石の一つと見なせるのです。日本を蚊帳の外に置いたまま、日本の知らぬところで、米朝韓の関係修復が行われようとしているのではないか。昨今、「韓国よ、さようなら」といった韓国を見下す本や雑誌のタイトルを書店で見かけますが、本当に「さようなら」されるのは日本のほうではないかという心配をしたくなります。

それは考え過ぎでは?

さあ、どうでしょう。そもそも現在の日韓関係のこじれは徴用工訴訟問題に端を発していますが、これは従軍慰安婦問題や靖国参拝問題などと等しく、歴史認識問題です。つまり第二次世界大戦中の日本の行動に対する評価を問う問題です。そして当事者のなかで、日本のみが敗戦国であって、アメリカも中国もロシアも韓国・北朝鮮も、みな戦勝国です。歴史認識で日本が意地を通そうとすれば、これら関係諸国すべてを敵に回しかねないことも忘れてはなりません。一番の友であるはずのアメリカでさえパールハーバー(日本による真珠湾攻撃)を忘れてはおらず、毎年追悼式典を行っているのです。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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