高齢期の暮らしと住まい(55)

「住む」という権利

ちょっとカタイ話なのですが、現在大学院で「居住福祉」をテーマに勉強・研究をしています。長年、老人ホームや高齢者住宅に関係する仕事もしてきました。そして、さまざまな疑問・問題もたくさん発生しました。国際的な比較をしてみますと、先進国の中で実は唯一といっていいほど、日本では「居住権」というものが制定されていません。簡単に言うと、「適切な住まいを得て適切な暮らしをする」人間としての権利です。1948年には、国連で「世界人権宣言」が採択され、この中には居住権を定めています。さらに1996年には、第2回国連人間居住会議(ハビタットⅡ)でも、適切な居住の確保について宣言されており日本も批准していますが、反することが多いのが実情です。

 

高齢期の住まいの市場化

日本では、戦後の究極な住宅不足の時代に公営住宅もたくさん作られたのですが、その後は「住宅は自己努力での取得」と「住宅産業(経済)活性化」のもと、公的な住宅がどんどん削減されてきました。高齢期の年金が十分でない人も多く、独居で賃貸暮らしの場合は、たちまち高齢期の生活が非常に困難になります。「高齢を理由」に賃貸拒否はいまだに多いのです。政策として「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」などの制度ができましたが、費用が高くて普通の年金の人でとても入居できる金額ではありません。欧米ではこのようなとき、収入に応じた「家賃補助」制度があり、「住まい」の確保問題は日本に比べるとずっと少ないのです。また、サ高住は家主から適切な理由なく退去を促すことはできないのですが、実際は認知症や介護状態によって退去させられていることも多々発生し、「住宅=人権」ではなく「住宅=企業利益」を実感します。高齢者の住まいの「市場化」問題は、あまりにも多すぎてすべてを説明することができません。

 

誰もが安心する老後をつくる

今後、独居高齢者が増加し、高齢者の所得格差はどんどん拡がります。「社会保障費増大」のために、医療・介護だけでなく多くの社会保障がカットされていきます。でも本当にいいのでしょうか?誰もが迎える老後、そして事故や病気で障害をもつかもしれない、そんなときに絶対に必要な社会保障を削るということは、ますます将来の不安を大きくするばかりで、結果的に経済にも悪影響でしかないと感じます。誰もが安心する社会をつくることは、ひとりひとりの熟慮も大切です。人間として最低限必要なのは、安全で安定した「住まい」。関係する社会保障とあわせて、人々に必要な制度を整えていくことが本当に重要だと思います(削ることでは決してなく)。

昨年12月から約1年間、高齢期の暮らしと住まいをテーマに金曜日のコラムを担当させていただきましたが、本日で本コーナーは終了させていただきます。1年間ありがとうございました。

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山中由美<エイジング・デザイン研究所>
大学卒業後、商社等を経て総合コンサルティング会社のシニアマーケティング部門において介護保険施行前から有料老人ホームのマーケティング支援業務に携わる。以来、高齢者住宅業界、金融機関の年金担当部門などを中心に活動。1級ファイナンシャル・プランニング技能士。2016年独立。