「カナリア俳壇」7

今回は11月29日~12月17日までの投句作品をコメント付きで掲載いたします。

△まだらなる桜紅葉やひとつの根     次郎

【評】ひとつの根から伸びている一本の木なのに、紅葉の進み具合はまちまちで、まだ青い葉もあれば、赤い葉や黄色い葉もあるという観察ですね。これはよく見かける光景ですので、よほど表現に工夫がないと読者の驚きを引き起こすことは難しいと感じます。それと、作者の目は「桜紅葉」に向けられていますので、いきなり「根」に転じますと、葉と根のダブルフォーカスの句になってしまいますが、やはり焦点は一つにしぼったほうがよいように思います。

△~〇 ホステスの紅き口紅冬薔薇    次郎

【評】この句の場面を思い浮かべると、ここは夏や秋の薔薇ではなく「冬薔薇」が一番ぴったりきそうですね。季語はこれで結構です。ただ、このままですと、やや常識的といいますか、劇画調の作柄にとどまりますので、いっそ〈ホステスの青き口紅冬薔薇〉とされたほうが詩情が高まるような気がします。

△滋賀の湖一羽鳥浮く冬隣     える

【評】『歳時記』を武器として吟詠する俳人は、植物や動物や地理に関する言葉の専門家であり、またそうあらねばならないと思います。つまり、ものの固有の名前がきちんと言えなくてはなりません。まず、「滋賀の湖」が表現として未熟です。琵琶湖とか湖北とか淡海とか、もう少しこなれた言葉があるはず。また漠然とした「鳥」もいただけません。せめて「浮寝鳥」とか「渡り鳥」とか「水鳥」とか、歳時記に載っている言葉を使いたいものです。添削というより一例ですが、〈晴れ渡る湖北の空や白鳥来〉など、もう一工夫してみてください。

△猫じやらし翁となりて日向ぼこ    える

【評】「猫じやらし」は秋の季語、「日向ぼこ」は冬の季語ですので、できれば一つの季節、一つの季語でまとめたいものです。それから、俳句では「翁」といえばたいがい松尾芭蕉を指します。ですから、この句の読み手は芭蕉の面影を感じることになります。もちろん「翁」を一老爺の意味で用いても悪いわけではありませんが、どうしても芭蕉を連想させることは承知しておきましょう。〈猫じやらし翁のわれと日だまりに〉など、もう少し考えてみてください。

△「五・七・五」整はずして日短か    妙好

【評】苦吟しているうちに、はや日が暮れてしまったというわけですね。この句のように俳句のなかで俳句のことを句材にした作品をしばしば見かけますが、正直なことを言うとあまり感心しません。これは落語家が、本式の落語をやらずに、楽屋話をするようなもので、いわば楽屋落ちです。「五・七・五」が整わないのは、どの俳人とて同じです。そうやって苦労して、なんとか五・七・五に整った作品をこそ見せてください。

〇~◎身に入むや野口英世の母の文    妙好

【評】これはとてもよい句です。野口英世の記念館に行かれたのでしょうか。このままでも十分ですけれど、季語をもうすこし大きく作る手もありますね。たとえば〈晩秋や英世気遣ふ母の文〉といった具合に。

〇 城の影崩し真鴨の着水す    音羽

【評】情景もしっかり見えますし、表現も過不足ない佳句です。ただし城の御濠と鴨の取り合わせは一種の定番ですので、類句はあるかもしれませんね。

〇 朱の鳥居遠くに牡蠣を啜りけり    音羽 

【評】この句もしっかりと出来ています。ただ、鳥居を先に持ってきますと、読者にはまず鳥居が見えてしまい、それから焦点をだんだんずらして牡蠣を食べている作者の姿にたどり着くことになります。いっそ牡蠣を先にして、〈牡蠣啜る遠くに朱き鳥居みて〉とするほうが遠近がすっきりするかもしれません。

△~〇 頻闇に眼を剥く仏良弁忌     徒歩

【評】季語次第では◎です。「頻闇」とは真っ暗闇のこと。その中で仏(仏像)が目を剝いているのですね。なにか息苦しくなるほど緊迫した気合を感じます。この仏とは良弁僧正坐像でしょうか。とすると、季語は説明的になります。もし良弁でなければ、季語が唐突な感じです。真っ暗闇に仏が目を剝いているというだけで十分に迫力がありますので、良弁を離れ、別の季語で仕立ててみてはどうでしょう。

△柊の匂へる門の逮夜かな    徒歩

【評】上の句との関連で読み解くと、良弁僧正の年忌法要の前日(すなわち逮夜)でしょうか。このままですと前書が必要ですね。でないと、この「門」が具体的に見えませんので。あと、「門の逮夜」という語のつながりに少々難を感じました。語法的には〈柊が門に匂へる逮夜かな〉でしょうか。

〇 にはとりの歩く広縁小六月    もち子

【評】小六月らしいのどかな景ですね。「広縁」という静的な物で中七を切りますと、折角のにわとりの躍動感が弱まり、静かな句になってしまいますので、〈広縁に飛び乗る鶏や小六月〉など、にわとりに焦点が来る仕立て方をするとよいと思います。

△ 病棟の沖を海豚の群れ過ぎる    もち子

【評】病院の窓から沖が見えるのですね。しかし〈病棟の沖〉はいささか乱暴です。
〈病棟の向うの沖に海豚群る〉くらいでいかがでしょう。

この次は、3週間後の1月8日にアップしたいと思います。たくさんのご投句をお待ちしております。皆様のご健吟をお祈り申し上げます。どうぞよいお年をお迎え下さい。 河原地英武

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