カナリアに聞く~鈴江俊郎さん

~社会を映し出す戯曲を発表し続けている劇作家、演出家の鈴江俊郎さん。その作品は数々の戯曲賞を受賞し、翻訳されて海外でも上演されるなど、国内外で高い評価を受けています。矛盾だらけの現代日本に漂う居心地の悪さと、懸命に生きる不器用な人間の葛藤を繊細な筆致で描く鈴江さんに、作品作りと今、気になることを伺いました~

劇作家の鈴江俊郎さんは演出家、俳優でもある

――まず、鈴江さんが演劇を始めたきっかけを教えて下さい。
高校までは内気で女子と喋ったことがないまま3年間終わったので、大学で女子と喋らなかったら一生喋らないみたいな危機感があって、演劇をやれば知り合えると思ったんです。それまで演劇なんて全然知らなかったので、看板を見て「そとばこまち」に入りました。「そとばこまち」は主張はないけど、笑いのセンスがあってお客さんは一杯。小道具係のチーフになって、女の子に囲まれたんで、夢はすぐに叶いました。でも入団後にいろんな演劇を観ると、当時は飲み屋がその日だけ芝居小屋になったり、意味のわからん劇ばっかりだったけど迫力があったから、「そとばこまち」の軽さも魅力だったけれど、続きませんでした。それで3ケ月で辞め、辞めた同じ一年生とふたりで「劇団その1」を立ち上げました。在団中に3公演経験したので、演劇ってこんな風に作るんだなというのは学習していたんです。観察学習って大事だなと思います。

――その頃から台本も自分で書いていたんですよね?
俳優をやっていれば劇の成り立ち、稽古しやすい台本はこういうもので、役がどうドライブしていくかというのは体の感覚でわかるし、台詞を意識して喋る訓練をするから、誰でも基本は台本が書けるんですよ。でも「書かねばならない」という状況に追い詰められないと、なかなか書けないものですが、僕は主宰者だったんで追い詰められたんです。卒業したら演劇や芸術とは縁のない生活が一生続くから、学生時代の思い出に一生懸命やった証拠を残そう、劇団員たちの信用を取り戻して有終の美を飾ろうと京大の図書館にこもって何とか最後まで書き上げました。その頃、桃太郎のおとぎばなしは大和朝廷の政権が地方の豪族を「鬼」と呼んで成敗するために作られたものだと解説した「茨木の鬼」のパンフレットを読んで衝撃を受けたところでした。自分も頑張ろうと思って、世間を裏側から見る台本を書いた。すると上演後に周りの見る目が変わって、「次はいつやるの?」なんて言いに来る。戯曲賞の最終選考に残って、審査員の別役実さんや佐藤信さんから「お前は面白い奴だ」「書きなさい」と言われたりして、すっかりその気になって、あの人たちのためにも書こうという気になったんです。