カナリアに聞く~鈴江俊郎さん

「顔を見ないと忘れる」は監獄の面会室で展開する夫婦のドラマ

――鈴江さんはどのようなプロセスで戯曲を書いていくのですか?
自分が書く必然があるのかと自問自答して、そうしたことが内容に含まれていないと書く気にならないし、この作品は社会に役立っているだろうかと常に懐疑的に評価するから、どうしたって社会性の高い作品になります。「芸術としてやってるから良いんだ」という気持ちにはならないんですよね。だけど演じる役者の気持ちにないことを書いても上演では迫力のないくどい上手な演技しか出てこないことになるので、彼らの問題意識を探りながら台本を作るようにしています。半分は彼らのアイデアで書かないといけないと思っているんです。だけどそんなに意識の高い役者が多いわけではないので、勉強会をやることにしています。例えば国民健康保険に入れない不法労働者が子どもを抱えていて、病院に罹れないようなニュースを知っても、みんな反応が薄いんですよね。その薄さがどこから来るのか、「平和で経済が豊かで民主的で優しい日本民族、単一民族国家」って、なんで思ってるんやろ、全然そんなことないのに。ということをみんな考える人になって欲しいから、勉強しようと。ちょっと手を伸ばせばそんな素材はいくらでも集まるから、役者たちが取材して報告してくれた素材を使って、立場が逆だったらどう思うか考えて書いていきます。

2017年12月京都にて

――少子高齢化と格差社会が進んで国力が衰え、経済難民を海外に輸出するようになった近未来の日本を描いた「約束だけ」という作品を2007年に執筆されましたが、まるで現在やこれからの日本を予見したようですね?
予見というより経済学者は高い確率で起こるであろう将来の日本の姿を当時から書いていました。日本人は強烈な排外的民族であることが勉強してみてわかりましたし、日本は先行き真っ暗の醜い国で、椅子取りゲームで先に座ったら、絶対に人に譲らないような根性の悪い奴の集まりのように思えて。演劇の仕事で海外に呼ばれた時に感じる、その国の人がむける外国人に対する目が、日本の人が外国人を扱うのと違う気配を感じたんですよね。そんな気づいたさまざまなことを作品に込めました。