カナリアに聞く~鈴江俊郎さん

憲法改悪に反対するメッセージを一人芝居に

――今、気になっているテーマは何ですか?
憲法ですね。いよいよ変えられそうになって来ているから何とかして「それは良くないぞ」という主張を申し訳ないけれどアリバイ的にでもいいから、最低限なにか残しておきたい。だから一人芝居を書いたんです。福井在住の70代の男性に以前から依頼されていて、その人はノンポリな感じの人ですけど、「書きたいものを書いて良いでしょうか」と言って書いたのが「我が子へ自由を」という作品です。ガンで余命宣告されたおじいさんが愛人の隠し子にビデオメッセージを残す話で、幼い子に「僕は日本が戦争に向かって行くのに断固反対するという主張をお前に伝えたい、こんな話は退屈だろうが聞け!」みたいなことをいう芝居にしたんです。その男性はこの作品で全国を周りましょうと言っていたんですが、病のため長時間の上演が難しく、一度しか上演されていないんです。だから、いつか僕が演じようと思っています。

――鈴江さんは共謀罪にも反対されていましたね?
共謀罪なんて演劇が真っ先にターゲットにされるのではないかと僕は思いますね。どんな芝居をするか相談して共謀するし、政治体制を批判している、というふうに簡単に結び付けられる、しかも上演しなくても準備だけで捕まるんでしょ。僕が住んでいる愛媛県では長い間、高校演劇部が全国高等学校演劇協議会に加盟するのを許可されませんでした。「演劇する奴とつながるな」という空気は、今もまだ生々しく存在しています。絵を描くのと違って演劇は共同でやる仕事、権力が嫌がる日々を作ってしまう活動です。教育改革の流れなどもそうですが、権力の側は個人と個人を分断し、「共貧関係」といわれる、プレイヤーが横にいるプレイヤーを蹴落とした方が自分が得になるような構造の社会を作りつつあります。でも演劇はプレイヤー同士が協力したほうが得になる構造のゲーム、「共栄関係」です。協力し合うことを訓練することになります。今は空気のような宣伝が行き届いていて、人を排除しようとする傾向が強い。みんな恐怖心を煽られ過ぎている気がします。なんか落ちるぞ、って。落ちたら良いと僕は思ってます。落ちてみたら、思っていたほどしんどくない。今、「一緒に作る」ということを何でも良いから始めなあかんのと違うかなと僕は思うんです。若い人たちに「自分で始めろ」と言ってみても、今までやったことがないし、見たことがないことは出来ない。だからまず僕らの世代が一緒にやる機会を作っておかないといけないと思っています。

■鈴江俊郎(すずえ・としろう)
1963年大阪生まれ。京都大学経済学部卒業。大学在学中に「劇団その1」を結成。1989年『区切られた四角い直球』で、第4回テアトロ・イン・キャビン戯曲賞を受賞 。1993年「劇団八時半」結成。1995年『零れる果実』で第2回シアターコクーン戯曲賞、『ともだちが来た』で第2回OMS戯曲賞、1996年『髪をかきあげる』で第40回岸田國士戯曲賞、2003年『宇宙の旅、セミが鳴いて』で文化庁芸術祭賞大賞を受賞。