ウクライナ当局によれば、3月3日未明、ウクライナ南西部のオデーサ州の州都オデーサ市の集合住宅に対し、ロシア軍が無人機による攻撃を仕掛け、乳児を含めた十数名が死傷したとのことです。
また、その3日後の3月6日、ウクライナのゼレンスキー大統領とギリシャのミツォタキス首相が会談のためオデーサを訪れていると、2人からさほど離れていない場所にロシアからのミサイル攻撃があったと報じられています。
いずれも不穏なニュースですが、特にオデーサ市の名前が共通して挙がっているのが不気味です。これには何かロシア側の思惑があるのでしょうか?
ウクライナ戦争開始以来、ロシア軍はたびたびオデーサを攻撃していますが、ロシア当局者によれば、今回もオデーサ内の軍事拠点を目標にしたのであって、居住地や生活インフラを攻撃したのではないとのことです。
もしもギリシャ首相やゼレンスキー大統領がターゲットだったとすれば国際的なインパクトは甚大ですが、ロシア政府はこうした見方を一蹴していますし、ロシア国防省もウクライナ軍の海上ドローン格納庫が標的だったと説明しています。
とはいえ、ロシア軍の攻撃目標がじわじわとウクライナ南西部へと移り出しているとすれば深刻な事態ですが、今のところその懸念はないのでしょうか?
昨今は西側諸国のウクライナへの支援疲れや、ウクライナ軍の劣勢などが伝えられ、つい最近(3月9日)では、ローマ教皇が「ウクライナには白旗を掲げる勇気が必要」と発言し、いろいろ取り沙汰されてはいますが、あいかわらず戦争は継続し、ウクライナ政府は一歩も引かない決意を示し続けています。NHKが日々更新しているウクライナ戦争の戦況をみても、過去1年間、ロシア軍による占領地域は拡大しておらず、攻防戦は膠着状態にあるといえます。
ウクライナ側が相当疲弊しているのは確かですが、ロシア側にもあまり余力がないというのが実情ではないでしょうか。ただし、万が一ウクライナ側が現状のまま停戦に甘んじることがあったにせよ、今度はロシア側がそれで満足するのかどうか、疑わしいのです。この点に関しては、ロシア軍事問題の第一人者である小泉悠氏(東京大学先端科学技術研究センター准教授)の分析に説得力を感じます。
さらに付け加えれば、プーチン大統領の野心は過小評価できません。彼にはオデーサへの執着があります。大統領選挙で再選されれば(これは間違いないことでしょう)、持ち時間もぐんと増えます。そうなれば、侵略の矛先がオデーサのあるウクライナ南西部へ拡張される可能性もなくはありません。
それはどういう意味でしょう?
まずは2014年5月2日に生じた、いわゆる「オデッサ事件」がキーワードとなります(ウクライナ語では「オデーサ」、ロシア語では「オデッサ」と呼称します)。
プーチン大統領は2022年2月21日、すなわちウクライナ侵攻の3日前、国営テレビで演説をし、「オデッサ事件の犯人は判明している。彼らを必ず法廷で裁く」と言明しました。つまり、この事件がウクライナ侵攻の口実(の1つ)とされたわけです。
この「オデッサ事件」について簡単に説明しますと、2014年3月にクリミアがロシアに併合されると、ウクライナ国内では親ロシア派と反ロシア派の対立が一気に激化しました。オデーサ市でも両者が衝突し、劣勢だった親ロシア派の人々が市内の労働組合会館に立てこもりました。そこに火がつけられ、50名近くが焼死したとされるものです。
2022年5月9日の対独戦勝記念日における演説でも、プーチン大統領は「2014年5月に労働組合会館で、生きたまま焼かれたオデッサの殉教者たちを悼む」と述べ、その責任追及を誓いました。その後もプーチン氏は事あることにこの事件に言及しています。その意味では、オデーサこそがウクライナ戦争の原点だともいえます。
オデーサでは、住民の多くがロシア語を日常的に使っていると聞いたことがあります。親ロシア派の人々が多いということですか?
ここまで戦争が激化したなかで、どれだけ彼らがロシアを支持し続けているかは不明ですが、少なくともロシアからみれば、オデーサの市民の多くが同胞なのでしょう。プーチン大統領やその側近たちは、「ノヴォロシア」という概念を持ち出し、これがロシアの正当な領土であるとして、併合する野心を隠しませんが、オデーサもそれに含まれます。さらにいえば、オデーサは黒海の制海権を握るという地政学上の要請から、ロシアとしてはぜひ勢力下に置きたい拠点なのです。ウクライナ劣勢のまま停戦となれば、その弱みにつけこんで、ロシアの南西部への侵攻が再開される可能性は否定できません。ウクライナに対しそろそろ譲歩を考えろと簡単には言えないゆえんです。
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