弾圧されてるみたいに書いてきた

イラスト:秋山ののの

香港出身の青年演出家と、意見交換している。上演を検討している「いちごの沈黙」という私の作品に、彼はこんな連想をするらしい。【 】は台本の内容だ。

【腐ってる⾵呂桶】→ ⽇本の政治・社会状況を思い浮かべます。⻑年洗わないと、換えないと腐る⾵呂桶。
【⼥がよってくるダメ男】→ 票が勝⼿に集まる政党
【殺されることによる「⽣きてる実感」】→ 死ぬ実感がなければ、なかなか⽣きてる実感がありません。 ⼈間的にも、社会的にもそうかもしれないですね。
 【監禁されたらほっとしてる。何もできないって⾔い訳ができる。】
 【「⾬の⽇は⾃由だ。監禁は⾃由だ。】 → 束縛される⾃由は⾃由だけど、何かの違和感を感じます。 少しずつ外国より「安く」なっていく⽇本は、軟禁状態にされてるようにも思えまし た。それはそれで幸せなのか…この違和感の正体はなんなのか、稽古場でも俳優と話 し合いたいと思います。
 【ラストシーン、⾬漏りしているのに、ただ傘をさしている所がとても印象的で、 「頑張る」って⾔っているのに、何も⾏動しない主⼈公。】 → ⾹港では「傘、⾃由」って並べると、二〇一四年の「⾬傘運動」を思い浮かべます。 我々は傘をさして⾃由を求めていましたが、ここでは真逆で、主⼈公は傘をさして⾃由 のままに、⾃由を逃がしているようです。余談ですが、このシーンを想像していると、 ⽬の情報と頭の情報ががっちり合わなくて、⽭盾した感じです。
 やはり政治的な危機を経験し続けている⾹港⼈の⽬から⾒ると(中略)⼼配なのは、⽇本では、そういった危機感を持つ⼈は少なく、政治に無関⼼な⼈が多く、⽇本の政治は今、⽣きていない感じがします。

私にはショックだった。そして、あらためて、自分の「書き方」を振り返った。
脚本歴四十年ほど、「若者の小劇場演劇」の現場にいる演劇人は、政治への無関心が圧倒的多数だった。
その中で、私はむしろ「政治の」物語を書きたかった。しかし、書こうにも、役者の身体が、生理が反応しない。知識がなく、感情がわかず、葛藤が持てない素材に対しては役者は退屈な棒読み、生硬なステレオタイプしか示せない。職場での男女格差に憤りながら忍従を生きる女性、職場での無力を悲しみつつ平和運動のビラを書く若者の孤独、反体制運動から離脱した罪悪感に耐えながら召集令状を待つ青年の悲しみ……自分の集める役者たちでは成立しない役柄や設定がある無念を何回も味わった。
その上、政治的な課題を露骨に筋に盛り込むと稽古場が冷める。「押し付けられたセリフ」と役者たちが感じたら、その拒絶感は、もはや座長によるパワハラぎりぎりの被害感情を呼び起こす。それはおそらく、役者たちが手売りして劇場に呼んでくる客の反応も予告するから無視できない。客は役者の友人たちだ。そんな作品には「疎外感」をもつのだ。
政治を語る特異な集団になるには、リーダーの支配が必要だ。公平な装いだけは失いたくない私、いや、劇団員の離反を恐れる座長は、次第に素直には書けなくなった。
「まるで戦時中の作家のように書いてます」と時々取材には答えていた。主張が露骨に出ると投獄された戦時中の作家たち。私も露骨にしないように気をつけた。敏感な人には察知できる程度に書いた。人間ドラマを前面にした。「内向する若者の弱さを書く作家」と紹介されることもあるくらいに。
しかし、ときたま、こうして外国の演劇人と接すると、そうした「隠したメッセージ」を即座に拾われてしまう。対話は展開する。二〇二一年にイタリアのジェノヴァ国立劇場の企画に書いた脚本を、女優たちは稽古場で議論し、議論しつくして稽古してくれた。…私は頭を殴られるような衝撃に目が覚める。本来、これでいいはずなのに。
今回の対話で、四十年の鏡を見せられた気がした。私はいかに不自然に書いてきたかことか。しかし、私は、そして、けれど、……と相変わらず葛藤する。私が対話したいのは、愛するのは、この政治意識の低い役者たち、客たちなのだ。ともに考え、ともに世界を変える意思を温めあいたいのだ。どうしたらいいのだろう。もがきたい。まだまだぎりぎりをもがきたい。(劇作家 公認心理士 鈴江俊郎)


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