かわらじ先生の国際講座~スウェーデン加盟後のNATO

No Picture今年2月26日、スウェーデンのNATO加盟が正式に決定しました。スウェーデンの加盟に対しては、ハンガリーが最後まで難色を示してきましたが、同日、ハンガリー議会が承認したことによります。スウェーデンはフィンランドとともに伝統的な中立政策を放棄し、2022年5月にNATO加盟を申請しました。フィンランドは昨年4月に加盟を果たしましたが、スウェーデンもようやく念願が叶い、32番目の加盟国になりました。

当初はもっとスムースに加盟手続きが進むはずだったと聞きますが、結果的に申請から1年9ヵ月もかかった理由は何でしょう?

NATOは諸決定において全会一致方式をとっています。1ヵ国でも反対すれば案は通りません。スウェーデンの加盟問題に関しては、トルコとハンガリーが反対の立場をとってきました。トルコのエルドアン大統領、ハンガリーのオルバン首相はロシアに対し融和的ないし友好的で、NATO拡大に反発するプーチン政権に理解を示してきたという面もありましたが、それぞれの内政問題もからんでいました。
トルコの場合は、テロ組織とみなすクルド人武装勢力をスウェーデンが十分に取り締まっていないという不満を募らせていましたが、昨年1月以降は、スウェーデン国内でコーランの写しを燃やすなどのデモが頻発したことにも反発を強めていました。しかしスウェーデンがテロ対策を強化する法を実施したり、米国もトルコの欲するF16戦闘機の売却に踏み切ったりと、懐柔策をとったため、今年1月23日にトルコ議会はスウェーデンのNATO加盟を認める法案を可決しました。
ハンガリーの場合は、そもそもオルバン政権がウクライナへの支援に否定的で、ロシアや中国との関係を重視する対外政策をとり、NATOやEU内でも孤立していましたが、同国の強権政治に懸念を示すスウェーデンにもかねがね不満を抱いていました。ただ、自国第一主義を旨とするオルバン政権としては、NATOやEUの政策に異を唱え、同盟国を困らせた上で譲歩を勝ち取るというしたたかな打算もあると言われます。実際、ハンガリーはスウェーデンのNATO加盟賛成と引き換えに、スウェーデン製戦闘機購入などの取引を成立させました。

No Pictureスウェーデンは約200年続けてきた軍事的中立政策を捨て、NATO加盟に踏み切りました。これは国家理念の大転換と思われますが、なぜこのような選択をしたのでしょう?

たしかに過去200年の国是を改めるわけですから、ことによればわが国の改憲以上のインパクトがあったと思います。しかし2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻はスウェーデン国民に非常な危機感をもたらし、世論はみるみるNATO加盟へと傾いていきました。スウェーデンはフィンランドともに、ロシアと複数の戦争経験をもち、その脅威が骨身にしみている国なのでしょう。歴史をひもとけば、1700~21年の北方戦争、1788~90年の第1次ロシア・スウェーデン戦争、1808~09年の第2次ロシア・スウェーデン戦争といった言葉が見出せるはずです。
特に第2次ロシア・スウェーデン戦争で大敗を喫したスウェーデンは領土を失い、欧州における威信を失墜させ、文字通り小国となりました。そこから教訓を引き出したスウェーデンは、他国の戦争に関わらない、巻き込まれないという中立政策を国是とし、以後200年近くそれを掲げてきたのです。ただし防備には力を入れ、自力で高性能の兵器を開発・生産し武装するなど第二次世界大戦後は「軍事強国」としての地歩を築いてきました。

No Pictureとすると、スウェーデンの加盟はNATO強化という点でも大きな意味があると言えるのでしょうか?

そういうことです。特にスウェーデンの潜水艦隊は非常に充実しており、水深の浅いバルト海でも縦横に活動できる能力を有するため、ロシア艦隊に対する絶大な抑止効果を発揮し得ると期待されています。またスウェーデン空軍が保有する自国製戦闘機グリペンは、ロシアの戦闘機やレーダーによる電子戦にも対抗でき、バルト海や北極圏におけるNATO諸国の安全保障を大幅に強化できるようになる由です(『讀賣新聞』『日経新聞』2024年2月28日)。

No Pictureこれはロシアにとって脅威ですね。ロシアは何か対抗策を講じるのでしょうか?

ロシア外務省は当然のことながらスウェーデンのNATO加盟を重大な過ちだと非難し、「われわれは軍事技術などを用いた報復措置を伴う対応策を構築する」と表明しています。ただ、今のところその対抗措置が何かは不明です。

また、スウェーデンのNATO加盟が決まった2月26日、ロシアのプーチン大統領は、欧州と接するロシアの軍管区(西部軍管区)を「モスクワ軍管区」と「レニングラード軍管区」に分割する大統領令に署名しました。この措置に関して米国のシンクタンク「戦争研究所」は、「ウクライナでの軍事作戦と将来的に起こり得るNATOとの大規模な戦争への備えの両立」が目的だと指摘しているそうです(『讀賣新聞』2024年2月28日)。

No Picture本当にNATOとロシアの軍事衝突は起こり得るのでしょうか?

今年1月24日から5月まで、NATOは「ステッドファスト・ディフェンダー(不動の守護者)」と呼ばれる冷戦後最大規模の軍事演習を開始しています。ロシアとの戦争を想定しての演習です。

2月26日、フランスのマクロン大統領は、ウクライナ支援のための国際会議をパリで開催したあとの記者会見で、ウクライナへの地上軍部隊派遣の可能性を肯定的に発言し、物議をかもしました。ドイツのショルツ首相など他の欧州首脳陣はこれを打ち消しましたが、ロシア側は反発し、NATOとロシアとの軍事衝突は「可能性ではなく必然となる」と強く警告しました(『朝日新聞』2024年28日夕刊)。スウェーデン加盟後のNATOが、ロシアとの戦闘も辞さずという方向に傾いてゆくことを懸念せざるを得ません。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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