車掌と信金

信金職員時代の制服を表紙に使った『車掌」(別冊 OL大会特集号、1993年発売)
葛飾区新小岩に本店を置く東栄信金

私は信用金庫が大好きだ。
大学卒業して、「家から近い」ただそれだけの理由で信用金庫に就職した。お札を数えるのもソロバン弾くのもお客さんの顔覚えるのも臨機応変な対応も、あらゆる業務のすべて、苦手で、全く自分に不向きの職場。
3年ほどで辞めた。
だけど、たまたま勤めてみて本当によかった。だって勤めてなかったら、信用金庫がこんなに素晴らしいものであることに一生気づかないで終わったかもしれないから。

信用金庫は地域と弱者のための金融機関だ。
お金を預かる。お金を貸す。主な業務は銀行と同じだけど、
利益を追求し、莫大なお金を回しながら暴利をむさぼる会社組織の銀行と違い、信用金庫法の定めで、信用金庫は「地区内」の中小事業者、住人、勤労者にしかお金を貸さない。

葛飾区亀有に本店を置く「かめしん」

だけど預金・定期積金は広く、誰からも受け入れる。
つまり全国民が銀行への預金を信用金庫に預け替えたら、革命が実現するかもしれない!
とまで言える、そんな金融機関なのだ。会社でなく、「協同組織金融機関」と規定される法人だ。

それで退職後も、私のメインバンクは信用金庫。
家にいると地元の信用金庫の人が訪ねてきて、定期積金を勧めてくる。二つ返事でやることにする。毎月集金に来る信金の人と、少しずつ顔見知りになっていく。ひと月2000円だって5年やれば12万、5000円積めば3年で18万円にもなるわけだから、知らず知らずお金がたまる。それを定期預金にして、本当に窮した時の備えにする。

お隣り江戸川区(平井)に本店をおく「こましん」も近所にある

てことを繰り返すうち、夫婦仲が悪くなった。夫が家出。そして離婚。
さあ困った。
手元には、自分の稼ぎを積み立てた結果の定期預金証書がいくつもあった。でもその名義の半分は夫にしてたのだ。離婚する日が来るなんて、まったく予期しなかったから。うかつだった!
アパートを引き上げ実家のある葛飾区に引越す日が近づいたある日、「とっても困ってしまってて相談したいことがある」と、信用金庫の得意先係の人を呼んで、家にあげた。
でかくかくしかじかと、預金を解約したいが本人確認書類を提出できない旨を説明した。

都内東部地域に根を張る、東栄、かめ、こま、「足立成和」の4信金が業務提携で発行する情報誌 取引先の地元のお店を嬉しいクーポン付で紹介する

すると得意先係の人は言った。
「ご自宅を訪問してお取り引きしているお客様は、顔も家もわかっているから窓口のお客様とは違って本人確認書類が必要ないです」
で数日後すべて解約して現金にして持ってきてくれた。
ホッとしたことと言ったら! 得意先係のそのK氏に恋してしまいそうなほど嬉しかった!

そんなわけで信用金庫が大好きな私は、もちろん引っ越し後もこちらの信用金庫にお金を預け、定期積金もやっている。毎月、入庫2年目の若い鈴木さん(仮名)がすてきな笑顔で集金に来る。少しおしゃべりする。とってもよい。

定期積金廃止を伝える「ご案内」(部分)

それがこの9月、暗転した。
鈴木さんが「今日はちょっとお願いがあって・・・」と、渋顔になって一枚の紙を手渡すのだ。
そこには
「10月1日から、定期積金の集金業務を廃止させていただきます」
と書かれている。
大ショックである。
だって定期積金は信用金庫の核だもの。

地元をまわる信金マンの足は自転車

「対面で集金する需要が年々低下傾向にある」「限られた経営資源を最大限活用」
などと紙にはある。
低下傾向にあるなかで、あえて「対面集金」を選んでいるのは、銀行まで歩いていくのが難しい弱者、月1の「信金さん」との会話を楽しみに日々を過ごす弱者が、ほとんどだろうと思うのに!
しかも鈴木さんの言うには、今後自分の業務は内勤になるわけではなく、「キャンペーンに力を入れることになる」そうだ。「定期積金の集金で信頼関係を築き、そうしてやっと商品をご案内できるようになるものなのに、いきなりキャンペーンの案内をしたって、だれもやってくれないだろうから気が重い」と、彼女は肩を落とした。

いかにもローカルな広報活動

全くだよ! 私の大好きな信用金庫はどこへ行ってしまうのかい! 得意先回りのない信金じゃ、銀行とかわりないじゃん! なに考えてんの! と思わず鈴木さんに言う、鈴木さんもうなずく。
紙には「ビジネスモデルの構築と健全性を確保するため、業務の効率化に取り組んでいる」とも書かれている。
他の信金も状況は同じで、すでに廃止してるところもあるらしい。

中小企業、零細企業に冷たい政治。弱小事業者の全滅を目論んでんじゃないの?と思わせるような政治。
強者の、強者による、強者のための政治。
その延長線上に、立石の再開発も、信金の集金廃止も、あるように思える。

銀行も「効率化」がスピードアップ。情け容赦もなく店舗を整理、もはや京成沿線にほぼ銀行は存在しない。

信用金庫の経営環境の悪化は、中小企業数の減少と、中小企業の業況悪化と、どうしたって関係しているはずだから。

そしてそんな状況で、「定期的な対面」をすっ飛ばして、いきなりキャンペーンセールスをやったって、鈴木さんが言う通りうまくいかず、さらに経営は厳しくなるだろうさ。
それで信用金庫がつぶれたりしたら! なんとか生き残っている中小企業は誰からも手形を割り引いてもらえず共倒れじゃん!
そしたら革命は夢の夢でもなくなってしまう!

筆者が使ってた札勘練習用のニセ札。(聖徳太子、伊藤博文が廃れても、マスコットキャラクターの「信ちゃん」は今も地味に活躍している)

信用金庫は、利潤を追求する銀行じゃないんだから、銀行と同じ言葉を使うべきではないと思う。「ビジネスモデル」とか。「効率化」とか。
私が、意味のない、売れない、バカバカしく、努力が報われないミニコミを、そう言われながらも30数年続けているように、
信用金庫にも、意味がない、効率が悪い、無駄で、バカバカしい、(と銀行側は思うだろう)地道な業務を続けてほしい。それがこの強者が意図的に作りだした流れへの、小さな抵抗になるはずだから。
その祈りをこめて、あえて変なタイトルにしてみた。

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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。


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