かわらじ先生の国際講座~中東情勢と大国の思惑

No Pictureイスラエルのネタニヤフ首相は10月28日、イスラム組織ハマスとの戦闘は第2段階に入ったと表明し、この戦争は長く困難なものになるだろうと述べました。ハマス壊滅を目指した地上侵攻はまだ開始されていないといいますが、それはなし崩し的に始まっているのではないかとの見方もあります。
イスラエル軍によるガザ地区への空爆や地上攻撃は激烈で、インフラや通信網が破壊され、同地区の一般市民の安否を確かめるすべも断たれたとか。この3週間の交戦における死者数は、ガザ側が7326人、イスラエル側は1400人以上で、計8700人を超えたとのことです(『京都新聞』2023年10月29日)。
国際社会はこれを止めさせることができないのですか?ウクライナ戦争でも国連の無力さを思い知らされましたが、今回もまた国連は何も出来ないのでしょうか?

国連は持続的に停戦のための様々な試みを行っています。10月27日には国連総会の特別会合で、イスラエル軍とハマスに対し「人道的休戦」を求める決議案が採択されました。賛成はロシア、中国、フランス(以上、常任理事国)、アラブ諸国など121ヶ国、反対は米国(常任理事国)など14ヶ国、棄権は英国(常任理事国)、日本など44ヶ国という内訳です。今回の決議案はアラブ諸国を代表してヨルダンが提出し、賛成多数(採決に必要な3分の2以上の賛成票)で採択されましたが、法的拘束力はありません。国際世論の声を示す意味合いがあったといえるでしょう。

No Pictureなぜ反対もしくは棄権した国があるのですか?

先にテロを仕掛けたハマスへの非難が記されていないというのが主たる理由です。ヨルダンが提出した当初の決議案では「即時停戦」という文言が使われていましたが、あくまで自衛権の行使を正当とするイスラエルや、それを擁護する米国などとの折り合いをつけるため、人道的な「休戦」という用語が選ばれましたが、結局は立場が割れました。日本は国益上(最大の石油輸入先であるという事情などから)、アラブ諸国と歩調を合わせたいものの、最大の同盟国である米国の意に逆らうことは得策でないとの判断から棄権したものと思われます。

No Picture米国は国連安全保障理事会(安保理)の決議でも拒否権を発動していましたね。

はい。10月18日に議長国のブラジルが提案したハマスによるイスラエル攻撃を非難し、戦闘の一時中断を求める決議案を拒否しました。このときの採決では、常任理事国・非常任理事国合せて15ヶ国のうち、日本を含めた12ヶ国が賛成票を投じ、英国とロシアが棄権、反対したのは米国のみでした。安保理決議では常任理事国の1ヶ国でも拒否権を行使すれば成立しませんので、否決となったのです。米国の国連大使は、「決議案でイスラエルの自衛権について言及がなかったことに失望した」と拒否権行使の理由を説明しました。なお米国は、16日のロシア案に対しても、ハマスを非難する文言がないとの理由で反対しています(『日経新聞』2023年10月19日夕刊)。

No Picture米国はなぜそこまでイスラエルの肩をもつのでしょう?

いくつかの理由が考えられます。まずは国内事情です。以下は、『讀賣新聞』の今井隆アメリカ総局長の論説(『讀賣新聞』2023年10月29日)を引用する形での説明となりますが、ユダヤ系米国人は「大企業トップや政界、学界などの中枢で活躍する人が多く、影響力が極めて大きい」とされます。また、「米国人の4人に1人を占めるキリスト教福音派が強固に」ユダヤ系勢力を支援しています。ロビー団体の「米イスラエル広報委員会(AIPAC)」は豊富な資金源を使い、超党派での親イスラエル議員当選に力を入れていますが、バイデン大統領自身も民主党における親イスラエルの代表格で、「上院議員時代の36年間で親イスラエル団体から420万ドルの献金を受け取り」、イスラエルにも11回訪問しているそうです。
対外的な事情もあります。イスラエルを攻撃したハマスの背後にはイランが控えており、精力的に武器支援などを行っている模様ですが、そのイランが米国と激しく対立していることはご存じのとおりです。さらにレバノンを拠点とする武装組織ヒズボラを米国は「テロ集団」としていますが、そのヒズボラもイランの支援を受け、ハマスの加勢をしています。こうした中東の反米勢力と闘ううえでもイスラエル支援は必須なのです。そしていまや、米国と対立する中国とロシアがパレスチナ側につこうとしていますので、米国としては対抗上、ますますイスラエル支持を鮮明にせざるを得なくなっています。

No Pictureそういえば中国とロシアも安保理で米国案に拒否権を発動していましたね。10月25日、イスラエル軍やハマスに「一時的な戦闘中断」を要請する決議案を米国が提出すると、中露はより長期的な停戦でなければイスラエル軍の対ガザ侵攻は食い止められないとして反対したのでした。中国とロシアの思惑はどこにあるのでしょう?

中国は従来、イスラエルとパレスチナの双方と良好な関係を保ってきました。最近の中国は中東地域における影響力の拡大を目指しています。3月には中国が仲介役となってサウジアラビアとイランの国交正常化を実現させました。今回のイスラエル軍とハマスの戦闘では、中東諸国が反イスラエルに傾き、そのイスラエルを擁護する米国の孤立が目立ってきましたので、中国はある程度イスラエルとの関係を犠牲にしてでも、アラブ諸国との連帯を示したほうが有利とみたのでしょう。ただし、11月に米国で開催されるAPECでは、米中首脳会談が行われるとのことですので、中東問題で米国に歩み寄りの姿勢をみせつつ、何かしらの譲歩を勝ち取る心算かもしれません。
他方、ロシアはイスラエルとパレスチナの双方と対話のチャネルは維持しつつ、パレスチナ寄りの姿勢を強めているように思われます。米欧に支持されているイスラエルをNATOが加勢するウクライナと同一視し、パレスチナへの連帯感を示そうとしているように見受けられるのです(この点では、10月19日のテレビ演説で米国のバイデン大統領がロシアとハマスを同列の脅威と述べたのと奇しくも一致しています)。
ロシアとしては、現在の中東危機が長引き、国際世論の関心がウクライナから中東に移ること、そして米欧の支援政策の比重がウクライナからイスラエルにある程度シフトしていくことを好都合とみているはずです。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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