かわらじ先生の国際講座~不思議な米中関係

今日の国際関係のなかで最もわかりづらいものの一つが米中関係です。貿易額からみても両国の経済的相互依存は明らかなのに、台湾有事をめぐる軍事衝突の可能性がしきりに取り沙汰されています。一体両国はどんな関係を求めているのでしょうか?

米国の商務省が発表した貿易統計によりますと、去年1年間の米中の貿易額は過去最高を記録しました。

 NHKニュース 
米中 対立激化も去年1年間の貿易額は過去最高を更新 | NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230208/k10013974161000.html
【NHK】去年1年間のアメリカと中国の貿易額は過去最高を更新しました。米中は、ハイテク分野を中心に激しく対立していますが両国の経済…

両国の経済は、互いに相手なくしては立ち行かぬほどに相互依存を強めているのです。米中間の様々な反発や対立の淵源は、つきつめていえば、この経済関係にあるといっても過言ではありません。
トランプ前米国大統領は、自国の膨大な貿易赤字の元凶が中国であると見定め、しきりに経済制裁を発動し、中国が対抗措置を講じてきました。バイデン政権になると、こうした貿易赤字問題は影をひそめ、代わって中国による安全保障上の脅威が声高に唱えられるようになりました。「自由で開かれたインド太平洋」の構築を目指し、QUAD(日米豪印戦略対話)やAUKUS(米英豪軍事同盟)が形成され、対中封じ込め策が進められましたが、昨年5月にバイデン氏が公表したIPEF(インド太平洋経済枠組み)をみれば、中国の経済的拡大の阻止に力点が置かれていることは間違いありません。

その米国が、最近中国に折れてきているように見えるのですがどうでしょう?

米国が対立から和解へと、対中政策の舵を切りかえたのはたしかです。5月のG7広島サミット閉幕後の記者会見で、バイデン大統領は、まもなく中国との雪解けが始まると予告しましたが、実際そのとおりに動いています。最近の米中関係を時系列的に並べてみましょう。

・5月某日、バーンズCIA長官が極秘訪中。米高官の訪中は2021年7月以来(英紙『フィナンシャル・タイムズ』2023年6月2日)。
・5月25日、レモンド商務長官と王文濤商務相がワシントンで会談。途絶えていた閣僚級の対話が再開。
・6月18日~19日、ブリンケン国務長官が訪中。秦剛国務委員兼外相、王毅共産党政治局員、習近平主席と会談。
・7月7日~8日、イエレン財務長官が訪中。李強首相、劉鶴前副首相、何立峰副首相と会談。
・7月13日、ジャカルタでブリンケン国務長官と王毅政治局員が会談。
・7月16日~19日、ケリー米大統領特使(気候変動問題担当)が訪中。解振華・気候変動問題担当特使と会談。

なお、こうした政府レベルの会談以外にも、6月16日には北京で習近平主席がマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏と会談し「両国国民の友好が続くことを望む」と述べたそうです。翌々日に予定されていたブリンケン国務長官訪中の地均し的な意味合いがあったのでしょう。その前の5月30日には、テスラCEOのイーロン・マスク氏が訪中し、秦剛国務委員兼外相と会談したと報じられていました。

こうした一連の動きをみますと、大概は米国側が中国に出向いているという一事からしても、前者により大きな熱意を感じます。とはいえ、ブリンケン・秦剛会談は7時間半に及んだこと、習近平氏がブリンケン長官と面会したこと(当初は、この面会はないとの予想もありました)、イエレン長官も中国要人と計10時間以上会談したとのことですから、中国側も対米関係を相当重視していることは疑いありません。

しかし、こうした会談に見るべき成果はあったのですか?

重要度でいえば、ブリンケン氏訪中の意味が一番注目されるところでしょう。メディアの報道を見る限り、両者の隔たりは大きく、具体的な成果は乏しかったといわなくてはなりません。たとえば『朝日新聞』(2023年6月20日)は「米中、歩み寄り見えず 台湾・経済安保めぐり」と見出しを掲げています。
台湾問題に関しては、中国側はこれを「中国の核心的利益の中の核心で、米中関係の最も重大な問題」(秦外相)としています。他方、ブリンケン氏は記者会見のなかで「われわれは台湾の独立を支持しない」と明言しました。米国が「一つの中国」原則を守ることを確約し、中国の顔を立てたわけです。米国としては中国が力ずくで、一方的に台湾を併合することを看過できないという立場なのです。そういう口出し自体が内政干渉なのだと中国側は憤慨するのですが、こうした対立が台湾をめぐる米中の軍事衝突に至ると考えるのは短絡的でしょう。ブリンケン氏は記者会見でこう語っています。「私は習近平国家主席と重要な会談を行った。一連の会談で、高官による継続的な意思疎通こそが競争が衝突になることを防ぐ最善の方法だと強調した。我々は両国関係を安定化させる必要性で一致している(『読売新聞』2023年6月20日)。」つまり米中は対立そのものを解消するのでなく、それを軍事衝突に結びつけないメカニズムを真剣に作ろうとしているのです。
経済安保に関しては、米国は自国の技術を軍事利用されることを防ぐため、先端半導体の対中規制を強めていますが、これに対抗すべく中国側は、ガリウムやゲルマニウムなど半導体材料の輸出を規制する等の措置をとろうとしています。しかしここでも肝心なのは「デリスキング(リスク回避)」であって、「デカップリング(切り離し)」すなわち中国との貿易や投資を停止することではありません。

かつてソ連のフルシチョフ政権が掲げた「平和共存」のようですね。

いままで米国は「現状維持勢力」、中国は「現状打破勢力」でした。この場合、共存はあり得ず、一方が他方を排撃するほかありません。ゼロ・サム的な関係です。ところが、いまや中国も「現状維持勢力」になりつつあるのではないか。米国はそう認識し、中国もそう考え出しているふしがあるのです。とすれば、それぞれ威信や譲れない価値観があるにせよ、大国同士、共存してゆける国際秩序を維持することが得策だと見なすはずです。今日の米中は、ぎくしゃくとした関係ながらも、世界の共同統治者としての道を探り出しているのではあるまいか。そのように感じます。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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