かわらじ先生の国際講座~ロシアの民間軍事会社―その深い闇

ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の武装蜂起はとりあえず収束しましたが、その余波は当分続きそうで、さまざまな情報や憶測がメディアに流されています。
そのなかで、6月27日にプーチン大統領自らがワグネルの資金源について述べたことに驚かされました。ロシアでは民間軍事会社の設立は禁止されており、ワグネルの存在や活動に関してもプーチン政権は長らく口をつぐんできたからです。
大統領は国防省軍関係者との会合のなかで、この1年間に戦闘員の給与や報奨金として860億ルーブル(約1400億円)の国費を支払っていたことを明らかにしました。プーチン氏は「ワグネルの中身はすべて国家予算で賄われている」と語り、その創設者であり反乱の首謀者であるプリゴジン氏が800億ルーブル(約1300億円)を稼いでいたと指摘し、今後ワグネルの不正に関して調査する意向を示しました。

今まで非合法とされ、政府とは無関係とされていたワグネルとの関係を、今回プーチン大統領が正式に認めた意図は何でしょうか?

「いずれその関係は露見するだろう。もはや隠し通すことは得策でない」と、プーチン氏が判断したためでしょう。だれかに(プリゴジン氏かもしれません)暴露される前に、先手を打っておこうと考えたのだと思います。
プリゴジン氏がプーチン大統領との緊密な関係をバックにワグネルという強大な組織を作り上げたことはよく知られています。また、ワグネルの戦闘員が「プーチン大統領の私兵」と呼ばれていることも有名です。ワグネルは政府機関ではなく、あくまでも民間軍事会社であるとされていますが、国家予算をふんだんに使って運営されているとするならば、これは大統領が直轄している、さらに踏み込んでいえば、事実上、プーチン氏が所有している(まさに大統領の「私兵」です)と見るのもあながち的外れとは思えません。
ワグネルは「民間」の軍事会社ですから、当然ながら膨大な収益があります。そこには不正の影もちらついています(だからこそプーチン大統領もその捜査を行うと言ったのでしょう)。ワグネルが得た利益はだれの手に渡っているのか。闇は非常に深く、それがすべて明るみに出ることはなかろうと思いますが、もしも大統領がそのカネで私腹を肥やしていたとすれば大問題です。

それはあり得ないのでは?もし大統領に後ろめたいことがあれば、ワグネルの不正の捜査など行わないはずではありませんか?自分で自分の首を締めることになりますから。

そうかもしれません。しかし、いくつか不可解な点があるのです。ワグネルの反乱は国家に対する謀反です。本来なら首謀者のプリゴジン氏はただちに逮捕されるべきです。しかしプーチン大統領は彼をベラルーシに逃がし、その罪の追及に及び腰です。何か逮捕できない理由(政権側の弱み)があるのではないか。プリゴジン氏は長年闇の世界に君臨してきた人物ですから、これほど重大なことを企てた以上、いざという場合に備え、自分の「命の保険」はかけてあるはずです。その保険がすなわちプーチン大統領の「弱み」なのではないか。そんな憶測も成り立ちます。ですから、不正の捜査とは名ばかりで、結局うやむやにされ、ワグネルは改編されて、大統領とのつながりの証拠も隠滅されてしまうのではないかと推測します。
政権内に汚職や不正がはびこっているのは公然の事実で、現在収監されている反体制派のナワリヌイ氏もその点を鋭く突いていたのです。興味深いことに、立場は正反対のプリゴジン氏も、今回蜂起した理由として、政権内の不正を挙げています。すなわちショイグ国防相や財閥たちが私利私欲のためにウクライナ戦争を起こし、プーチン大統領は騙されていると主張したのです。しかしプリゴジン氏は言外に、プーチン氏も「共犯」だと示唆しているように感じられます。

ウクライナ戦争が利権絡みだなどということが本当にあり得るのでしょうか?

ロシアにはワグネルだけでなく、民間軍事会社なるものが37も存在しているそうです。そのうち11社はウクライナ戦争後に設立されました。そして25社がウクライナ侵略に参加しているとのことです。

注目されるのは、ショイグ国防相までが自らの民間軍事会社「パトリオット」を設立していることです。この「パトリオット」がワグネルと競う形でウクライナ戦争に参戦しているのだとか。

こうした情報が正しいとすれば、ウクライナにおける「特別軍事作戦」は利権まみれで、民間軍事会社の金儲けの温床となっていると言わなくてはなりません。プリゴジン氏の造反は、プーチン政権の暗部を垣間見せる機会を提供したとも評せます。それでもロシア国民はこの政権を支持するのかどうか。今後の趨勢を見守りたいと思います。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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