かわらじ先生の国際講座~ワグネル反乱とその収束をめぐって

ロシアで全く不可解な武装蜂起事件が勃発しました。6月23日夜、ウクライナにおけるロシアの戦闘部隊が、ロシア軍から攻撃を受けたとして反旗を翻し、反乱に立ち上がったのです。なぜ同士討ちのようなことが起こったのでしょう?

正確に言うと、ロシア軍同士の戦いではありません。ロシア民間軍事会社「ワグネル」の雇い兵部隊と、ロシア国防省の正規軍との対立です。「ワグネル」創設者で、そのトップであるエフゲニー・プリゴジン氏は、ここ最近ずっとロシア軍上層部(ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長)と対ウクライナ攻撃をめぐる作戦その他で反目を深めていました。それがこのような反乱として沸点に達したのでしょう。

プリゴジン氏とは何者で、「ワグネル」とはどんな組織なのですか?

肝心なことはよくわかっていません。どちらも闇の深い存在です。プリゴジン氏は1961年生れの62歳。若い頃に窃盗や詐欺罪で9年間刑務所暮しをしたとか。レストラン事業に成功し、プーチン氏が顧客になったことから「プーチンのシェフ」との異名をとった由です。ちなみにプーチン氏とは同郷のよしみで親しくなったとも言われています。
しかしそれは表面上のことで、もっときな臭い関係を築いたようです。2014年に民間軍事会社「ワグネル」を創設し、雇い兵を募ってウクライナ東部のドンバス地域における戦闘を主導したほか、中東やアフリカでの軍事行動にも深くかかわったようです。
ロシア正規軍が踏み込めない非合法の「きたない戦争」を一手に引受け、プーチン大統領に重用され、その「寵愛」を得て、影の実力者として政界にまで影響力を及ぼすほどの権力を蓄えました。プリゴジン氏は「ワグネル」の雇い兵を「プーチンの私兵」として提供し、大統領との親密な関係を築き上げていきました。
それに対し、ロシア国防省のショイグ大臣やロシア軍のゲラシモフ参謀総長が危機感を抱き、正規軍を指図するほどに成長したプリゴジン氏の「ワグネル」を抑え込まねばならないと考えたようです。

そもそもプーチン政権はなぜ、「ワグネル」のような民間軍事会社にウクライナ戦争を委託したのですか?

大々的に国民を戦争に動員したり、正規軍のなかから多大な犠牲者を出したりすれば、世論の反発を招き、政権運営が厳しくなることを承知しているからです。ですから、いまだにプーチン政権はウクライナ戦争を「特別軍事作戦」と呼んで、この戦争を小さく見せようと取り繕っています。
「ワグネル」は決して「民間」の軍事会社ではありません。政権と深く結びついています。その証拠に、囚人たちに恩赦を与え、雇い兵として採用しています。こんな権限は民間にはありません。しかし政権とは一見何の関係もないような体裁をとりつつ、戦闘に従事しています。「ワグネル」を率いるプリゴジン氏には、見返りとして膨大な資産と権力がもたらされたはずです。

そのプリゴジン氏や「ワグネル」の軍部隊がなぜまた反乱を起こしたのですか?

彼らの強大化を恐れた国防省が、今春以来、さまざまな圧力を加えてきたからです。たとえば4月から5月に、武器や弾薬が国防省から届かないと言って、プリゴジン氏はSNSを通じ、たびたび痛烈にショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長を非難しました。実際、国防省は戦闘における主導権を取り戻そうとして、「ワグネル」への軍事的補給に制限をかけてきたのでしょう。
さらに国防省は、「ワグネル」の雇い兵たちに対し、直接国防省と雇用契約を結ぶよう迫りました。つまり国防省は、「ワグネル」の組織を自らの傘下に置こうとしたわけです。そして、その契約の締切を7月1日としたのです。この契約が成立してしまえば、プリゴジン氏は完全に権力を奪われてしまいます。その危機意識がプリゴジン氏をして反乱に向かわせ、彼の手勢が一緒に蜂起したのでしょう。彼らはウクライナの国境に近いロストフ州の軍司令部を占拠し、さらにモスクワに向けて進軍を開始しました。

6月24日、プーチン大統領は緊急のテレビ演説を行い、「ワグネル」の反乱を「裏切りと反逆」と断罪し、軍に対し武器を取った者は厳しく罰せられると警告を発しました。しかしプリゴジン氏は「大統領は過ちを犯した」とSNSで表明し、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長との面会を要求するなど、事態は緊迫度を増し、いよいよ「ワグネル」とロシア軍による軍事衝突か、そしてモスクワが市街戦の舞台になるのかと危ぶまれましたが、結局13時間ほどで沈静化されました。プリゴジン氏側が実質的に投降したためです。なぜこんなにあっさりと引き下がったのでしょう?

この一連の出来事をたとえれば、皇帝の寵愛をめぐる臣下の争いとも見なせるでしょう。そして、その寵愛が自分の側にないことをプリゴジン氏は悟ったのです。プーチン氏はショイグ大臣たちの側につき、プリゴジン氏を見限ったわけですから。勝ち目がない以上、これ以上無謀な戦争をしかけて命を危険にさらしたくないと考えたのです。

プーチン大統領もプリゴジン氏の行為をこれ以上責めず、ベラルーシへ出国することを認めました。また、蜂起した兵士たちに対しても罪を問わず、国防省との契約を結ぶことを許可しました。謀反を起こした者たちに対して思いの外、寛大な措置だと感じるのですがいかがでしょう?

そのとおりです。プーチン政権の基盤の弱さが露呈したとも言えます。ネットでの映像を見ますと、ロストフ州でも民衆がプリゴジン氏を囲んで激励するなど、支持者がけっこう多いことが印象的でした。また、「ワグネル」の進軍に対して、ロシア軍があまり抵抗せずあっさり基地や施設を明け渡しているのです。そのせいで、あれよあれよという間に「ワグネル」の部隊はモスクワ市まで200キロメートルの地点まで迫って来ることができました。それだけロシア軍の国内における防備が手薄だということでもあり、また、「ワグネル」に逆らわず追随する兵士も多いということだと思います。
ですからプーチン大統領としても、プリゴジン氏を罰すれば、思わぬ反発が国内から噴出する危険性を察知したのでしょう。今回はベラルーシのルカシェンコ大統領が助け船を出し(プーチン氏とプリゴジン氏の両人に対し)、プリゴジン氏の身柄の安全を保証することになりました。

これですべて丸く収まってしまうのでしょうか。それともウクライナにおける戦況に影響を及ぼすことになるのでしょうか?

プリゴジン氏は政権側の人間でありながら、公然とプーチン大統領に牙を剥きました。いままでは側近たちへの批判はあっても、大統領自身は聖域に置かれ、批判を免れてきたのに、そのタブーが取り払われたわけです。しかも、大統領は罰することすらできませんでした。そんな弱腰の大統領の足下を揺さぶる動きが今後増えるのではないでしょうか。
プリゴジン氏は戦争の強硬論者であって、ウクライナへの全面戦争を唱える極右勢力の代弁者ですから、今回の事件がウクライナとの和平に連動するわけではありません。しかし、たとえ強硬派の立場が強まるにせよ、それが大統領の権力基盤をぐらつかせるとしたら、政権内部が混沌として、人心は離れてゆくでしょう。結果として戦争の継続も難しくなるのではないか、そして息継ぎのためにも和平の方向に向かうのではないかと、いささか希望的な観測を抱いています。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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