最近またトルコがウクライナ情勢への関与を積極化させています。6月8日には仲介役を買って出たトルコのチャブシオール外相がロシアのラブロフ外相と会談を行いました。5月30日にはトルコのエルドアン大統領がロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領それぞれと電話会談しました。近い将来、プーチン氏がトルコを訪問することも検討されているようです。トルコがフィンランドとスウェーデンのNATO入りに難色を示し、両国の加盟手続きが滞っているとの報もあります。こうした一連のトルコの動きをどう見ますか?
まずは外相会談の結果を振り返ってみます。主要なテーマは、黒海に面した港からウクライナが自国産の穀物を輸出できるような措置を講じることです。ロシアが黒海に軍艦を配備し、港を封鎖しているため、ウクライナは穀物を輸出できずにいます。
ウクライナは世界第4位の穀物輸出国で、ロシアによる侵攻前は、月600万トンの穀物を輸出していましたが、現在は黒海以外のルートを用いても月200万トンの輸出しかできません。そのため世界的な食糧不足が深刻化しています。このままですと貯蔵されている穀物も腐ってしまいます。さらにはロシア側が勝手にこれらの穀物を運び出し、クリミア半島の港からロシア船に載せて中東やアフリカの国へ輸出していることまで発覚しました。
こうした事態の打開を図るべく、トルコがロシアを説得したのですが、外相会談で見るべき具体的成果は得られませんでした。会談後ラブロフ外相は、すべての船舶は自由な航行が認められており、非はウクライナ側にある。ウクライナは自らが黒海に敷設した機雷を撤去し、オデーサの港が使えるようにせよと要求しました。また、トルコが提案したロシアとウクライナ、そしてトルコと国連代表による解決に向けた4者協議については、それに参加する準備はあるが、「象徴的なものにすぎない」と述べました。
他方、チャブシオール外相は、穀物輸出正常化のため、国連を含めた国際的な枠組みを設定することの必要性を唱えつつも、世界への穀物供給を改善させる代わりに、対ロ制裁を撤廃せよというロシアの要求は「正当」だとも発言しました。
トルコは仲介役といいながら、むしろロシアの弁護をしているように感じられるのですがいかがでしょう?
そうですね。ロシアもそのことがわかっているからトルコとの交渉に応じたのでしょう。今回、トルコがロシア寄りのスタンスをとったのは、ウクライナ代表を招かなかった点からも明らかです。論点は、ウクライナが安全に穀物を輸出できる策を講じることなのに、その最大当事者であるはずのウクライナが不在である事実がすべてを語っています。つまりウクライナはもはや実質的に当事者とは見なされていないのです。
それはどういうことですか?
ウクライナが安全に穀物を輸出できるかどうかはロシア次第だということです。もっといえば、ウクライナが安全に黒海の港を使うためには、ロシアの許可が必要だということです。これはもう黒海の港湾の所有が事実上、ロシアにあることを意味します。トルコはこの事実を受け入れたうえで、ウクライナにも港を使わせてやれとロシアを口説いたというのが実相でしょう。
しかしオデーサ港があるオデーサ州はまだロシア軍に侵攻されておらず、ウクライナ側が掌握しているのではありませんか?
たしかにロシアが軍事攻勢をかけているのは主としてウクライナ東部のドンバス地域です。しかしロシアの支配は、軍事制圧した場所に限られるわけではありません。すでにロシアはウクライナ南部のヘルソン州やザポリージャ州でパスポートの発給を開始しており、ロシア支配を既成事実化しようとしています。
おそらくロシアは、武力で東部を壊滅し屈服させることによって、ウクライナ人の戦意の阻喪を図り、南部に対しては「無血開城」を求める心算なのではないでしょうか。現にオデーサ州も黒海への出口を封じられ、孤立しつつあります。しかもオデーサ住民の大半は日常ロシア語を使っていますので、ロシアに同化しやすい素地があります。ひょっとするとロシアは、軍事攻撃しなくてもあと一押しで「第2のクリミア」になるはずだと考えているのかもしれません。
ですが、国際社会がそれを許すとは思えません。そんな事態を食い止めるためにウクライナを支援しているわけであるから。
その点に関してもわたしは疑問を抱いています。先程ロシアがウクライナの穀物を勝手に輸出していると記しましたが、それはトルコが管理するボスポラス海峡とダーダネルス海峡を通過しないとできません。国際法上、黒海沿岸国の安全が害されない限り、いかなる国の船舶もこれらの海峡を自由に航行することができますが、ロシアの行為はウクライナの安全を脅かしています。しかしトルコはこれを黙過し、米国をはじめとするNATO諸国も「盗品」を輸送するロシア船への立ち入り検査すらしようとしません。
18世紀以来、ロシアとトルコは黒海の覇権をめぐる攻防戦を展開してきました。どうやらトルコは、黒海北岸の支配権がウクライナからロシアに移ったと見極め、表向きはウクライナとの「仲介役」を名乗りつつ、実体としては、今後どうロシアと黒海を仕切っていくべきか模索しているのではないでしょうか。
トルコとしては、黒海の支配権をめぐってロシアと抗争するつもりはないはずです。むしろ共存共栄の道をさぐったほうが得策だと考えているのでしょう。その点はロシア側も同じです。プーチン大統領がトルコ訪問を計画しているという話もそれを裏付けています。よほど利害の一致でもないかぎり、プーチン氏が外遊することはあり得ません。
トルコがフィンランドとスウェーデンのNATO加盟に反対しているのは、トルコがテロリストと見なすクルド人活動家たちをこれら2国が匿っていることが原因とされていますが、ロシアの肩を持つことにより、ロシアに一つ貸しをつくろうとの意図も透けて見えます。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。