かわらじ先生の国際講座~兵士の人権

ロシア軍は劣勢を伝えられながらも、ウクライナ東部を制圧しようとしています。他方、軍部隊の損耗は激しく、5月23日、英国防省が発表した推計によれば、この3ヶ月におけるロシア兵の死者は1万5千人にのぼり、これは9年間にわたるアフガニスタン戦争に匹敵する数字とか。ロシア国内ではこの事態をどう受け止めているのでしょうか?

ロシア国防省は実際の戦死者数を明らかにしていません。3月25日に累計死者数1351名と公表したのが最後です。しかし国民ははるかに多くの兵士が死亡していることを知っていますし、軍関係者の間からも懸念や批判の声があがっています。そのなかでもレオニード・イワショフ退役大将の発言に説得力を感じました。

どのような発言ですか?

これはイワショフ氏が5月4日、ロシア最大手の出版社の1つ「本の世界」のインタビューに答えたものですが、以下のサイトに掲載されています。

その内容をANN元モスクワ支局長の武隈喜一氏がわかりやすく要約していますので、それを引用する形で紹介したいと思います。

イワショフ氏の論点は、大略次のとおりです。軍事作戦で大事なのは地政学的現実と大局的な戦略だ。個々の兵士はよく戦っているし、ロシア軍はいくつかの地域を奪えるかもしれない。だが、地政学的にはすでに敗北している。歴史上、ロシアがこれほど孤立したことはなかった。欧州もコーカサスも中央アジアもロシアから離れてしまった。ロシアはウクライナとともにあってこその大国なのに、そのウクライナまで離反してしまった。ロシアがこれほどの敵意に囲まれ、孤立してしまった原因は戦略を欠いているせいだ。ロシアの国防相も参謀部も軍事の素人か三流で、自己PRにかまけ、大統領の戦略的な間違いを正すこともできない。大統領は自らの過ちを国民に謝罪すべきだし、軍には本当のプロフェッショナリズムが必要だ、というのです。
イワショフ氏がこれを人道主義や人権擁護の立場からでなく、純軍事的な観点から述べていることが重要です。

それはどういうことでしょう?

孫子の兵法のなかにも「戦わずして勝つ」のが最善だという趣旨の言葉がありましたが、イワショフ氏の思想はそれに似ているように思います。彼が言う「戦略」とは、周囲に敵をつくらないことです。それでも敵に囲まれてしまったら、戦うことが戦士の崇高な使命でしょう。ところがプーチン政権は、軍事力の行使によって自ら敵を増やし、その敵を屈服させるべくさらに軍事に依存するという悪循環に陥っています。軍事的には全く誤った戦略だということです。
「戦争とは、他の手段をもって継続する政治の延長である」(クラウゼヴィッツ)と言われますが、これは謬見です。戦争とは「政治の延長」などではなく、「政治の失敗」なのです。政治の役目は人を生かすことであって、殺すことではありません。政治家がその役目を果たすことに失敗したとき、軍隊が尻ぬぐいをするわけです。

尻ぬぐいですか、、、

はい。兵士は自身の命を危険にさらし、政治家たちの失敗の後始末をするのです。ですから政治家はできるだけ軍に負担をかけてはなりません。兵士とて国民であって基本的人権が守られて当然なのです。彼らを政治の用具のように扱うことは許されません。
ところが、これはロシアのような専制主義国に限らず、われわれ民主主義国家にも当てはまることなのですが、昨今の政治家たちは自分たちの仕事を軍に押しつけ、もっと言えば、丸投げしているふしがあります。

それはどういうことですか?

わが国でも政治家がやたらと「安全保障」を強調しています。それこそが政治の目的であるかのように連呼し、二言目には抑止力などという軍事用語を持ち出します。政治家が軍事力を笠に着て、いざとなれば物理的な力で相手をねじ伏せることを前提に、すなわち戦争を想定して政治を行っています。このやり方は「反社会的勢力」と同一です。かりに軍事力がなくても、他国との良好な関係を結べるように想像力を発揮し、知恵を絞るのが政治家の使命だと考えます。それでも失敗してしまったら、軍の力を借りるほかありません。火事になったら消防隊の力を借りるように。しかし政治家が初めから自らの職務を放棄し、軍事力に依拠するようでは政治家失格です。その点で、岸田首相が自衛隊の戦車に乗り込みパフォーマンスしている姿には失望しました。

今後防衛費を2倍にするくらいなら、外交予算を3倍にし、対外関係のプロを増やすほうがずっと安く済みますし、日本の国家理念にもかなうはずです。

ですが、世界は「力の均衡」によって成り立っており、抑止という考えを排除した国際政治はあまりに非現実的です

大学で「安全保障論」を講じる者として、そのことは重々承知しています。一方で、国際政治学の学徒としては単なる現実の追随者であってはならないとも感じています。かつて戦国武将たちは、手勢を率いて覇を競い合いましたが、今日の知事や国会議員には軍勢などありません。それでも政治は行えます。それが国際社会に適用され得る可能性を模索する価値はあるでしょう。「政教分離」は民主主義国の原則となりましたが、「政軍分離」(シビリアンコントロールとは別物です)がどうすれば成り立つのか、考究してみようと思っています。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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