かわらじ先生の国際講座~ロシア軍のウクライナ侵攻はあり得るか?!

各種報道によれば、10月からロシア軍がウクライナとの国境地帯に続々と集結し、現在その数は約9万人に達したとか。ロシアは3月から4月にかけて10万人規模の兵をウクライナとの国境沿いに集め軍事演習を行いましたが、それ以来のことになります。
米紙『ワシントンポスト』(2021年12月4日)によれば、ロシア軍は来年早々にも、最大17万5000人規模でウクライナに侵攻する可能性があると米情報機関が分析している由です。

事態打開のため、12月7日に米国のバイデン大統領はロシアのプーチン大統領とオンライン会談を行いましたが、議論は平行線をたどり、緊張は緩和されていない様子です。

プーチン大統領は何を考えているのでしょう?そしてロシア軍のウクライナ侵攻は本当に起こり得るのでしょうか?

米露首脳はウクライナ情勢を中心に約2時間協議したようですが、バイデン大統領はプーチン氏に対し、ロシアがこのまま緊張をエスカレートさせるなら、米国は欧州の同盟国とともに「強力な経済措置」で対抗すること、そしてウクライナへの防衛支援を続けることなどを明確に伝えたとのことです。
一方プーチン大統領は、「ウクライナの領土を利用し、わが国の国境近くで軍事的緊張を高めているのはNATOのほうだ」と反論し、ウクライナをNATOに加盟させないという「信頼できる法的な保証」を要求するとともに、ロシアに近接する国々に兵器を配備しないよう求めたとのことです(『朝日新聞』2021年12月9日)。
なお、会談翌日の8日、バイデン大統領は記者会見を行いましたが、「もしロシア軍がウクライナに侵攻した場合、米軍をウクライナに派遣するか」との質問に対しては、武力を行使するつもりはないと言明し、経済制裁にとどめることを明らかにしています(『日経新聞』2021年12月9日)。

バイデン大統領は近々、米露のほかにNATO加盟の主要4ヶ国(英国、フランス、ドイツ、イタリア)代表を加えたハイレベルでの協議を開催する意向のようですが、問題の解決をNATOに委ねようとしている印象を受けます。また、ロシアがウクライナに軍事侵攻しても米国は派兵しないと言い切ってしまうのは弱腰ではありませんか?

「弱腰」ととられるのはバイデン氏にとって不本意でしょうね。実のところバイデン政権は、いままで外交面で見るべき成果を上げていません。中国に対しては、香港、台湾、ウイグル問題で有効な手が打てずにいますし、イランの核による恫喝にも十分対応できていません。アフガニスタンからは不名誉な撤退をし、タリバンの政権復帰を許してしまいました。ですから、ウクライナの問題ではロシアに対し毅然とした姿勢を示す必要を感じているはずです。そして実際、9月1日にはウクライナのゼレンスキー大統領をワシントンに招待し、ウクライナに対戦車ミサイルなど計6000万ドル規模の軍事支援を約束し、将来的にはNATO加盟を後押しする姿勢を示したのです。共同声明では、「ウクライナの成功は、民主主義対専制政治という世界規模の闘いの中心だ」とも述べられました(『読売新聞』2021年9月3日)。しかしこれが結局、今回のロシア側の軍事行動を引き起こす要因の一つになったのだと思います。

なるほど、バイデン政権によるウクライナへの積極関与策にロシア側が反発したわけですね。このまま米国がウクライナを支援するなら、ロシアはウクライナへの軍事介入も辞さないとの姿勢を示したと理解していいでしょうか?

そういうことでしょう。わたしはプーチン政権が本気でウクライナへの軍事侵攻を計画しているとは考えません。もし本気で侵攻するつもりであれば、その前にまずウクライナ国内の分離独立派に軍事蜂起させ、難民が国境を越えてロシアに押し寄せるといった事態を作り出すはずです。そのうえで、ロシア国境を防衛するために、やむなくロシア軍が出動したという口実を設けるでしょう。今の状況でロシア軍がいきなりウクライナに侵攻すれば、それはただの侵略にすぎません。ナチスドイツではあるまいし、それが絶対に正当化できないことはプーチン氏自身も承知しているはずです。クリミア併合の場合も、あらかじめ住民投票による独立決議を行うなど、それなりの手順を踏んでいます。
今回のロシア軍の動きは、本気でウクライナへの侵攻を準備しているというより、バイデン政権に揺さぶりをかけるという政治的意図があってのことでしょう。

「揺さぶりをかける」とは、つまりどういうことでしょうか?

2点考えられます。1点目は中国とロシアによる共同歩調という面がありそうです。バイデン政権は世界を民主主義の側と専制主義の側に二分する政策を打ち出しています。12月9日と10日にはバイデン氏が主宰する「民主主義サミット」まで開きました。これは米国が民主主義と認める国々を団結させ、ロシアと中国を包囲し、孤立させる政策です。これに対して中国は台湾、ロシアはウクライナに圧力をかけ、バイデン政権が2方面同時に対応しきれず、浮き足立って、威信を失うよう画策しているように思えます。
2点目は、すでに大統領選挙を見据えているのではないでしょうか。2024年は米国とロシアの両国で大統領選挙が行われます。そして早くも来年は、米国では大統領の中間選挙の年となります。プーチン氏としては、自分は続投するが、バイデン氏は退場させたい、そして可能性があるならば馬の合うトランプ氏の再登板を促したい、という計算があるのではないかと想像しています。そのためには事あるごとにバイデン氏に軍事的なプレッシャーをかけ、そのたびに妥協する弱腰のバイデン大統領というイメージを作り出そうとしているのかもしれません。これは12月7日の米露首脳会談の映像を見て思ったことです。バイデン大統領とテレビ電話を通じて向き合うプーチン氏が、何やら勝ち誇ったような笑みを浮かべ、余裕綽々だったと感じたのはわたし一人でしょうか。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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