かわらじ先生の国際講座~徴兵制導入に傾斜する世界

No Picture英国のスナク首相が5月25日夜、英紙メール・オン・サンデーに寄稿し、18歳の国民を対象に12ヶ月間の兵役導入案を検討すると表明しました(『毎日新聞』2024年5月28日)。首相は翌日、自身のSNS(「X」)にも動画を投稿し、同案を説明しています。

スナク氏はなぜこのタイミングでこうした提案を行ったのでしょう?また、これは事実上の徴兵制案と見ていいのでしょうか?

まず、これは強制力を伴う徴兵制とは異なります。若者達には地域の奉仕活動など複数の選択肢が与えられ、兵役もその一つと位置づけられているからです。英国民がより安全に暮らせるよう、若者は国家のためにもっと多くのことをすべきだというのがその趣旨のようです。英国では7月4日、総選挙が行われます。そしてこの兵役導入案は、スナク首相が率いる保守党の公約の一つとされています。

No Pictureスナク首相がこのような公約を掲げるということは、英国民の間にそれだけ安全保障に対する懸念があるということでしょうか?

ロシアのウクライナ侵略が大きな転機となっていることは間違いありません。英国は1960年に徴兵制を廃止し、以後、志願制をとっていますが、ウクライナ戦争によって欧州の安全が脅かされているという国民意識が背景にあります。兵役の導入や義務化は英国だけにとどまらず、ヨーロッパ諸国共通の現在の認識です。ですから、これを公約にし、選挙戦を有利にしたいというスナク氏の思惑があるのでしょう。しかし同氏が率いる保守党は、支持率で野党・労働党に大きく水をあけられており、今度の総選挙では政権交代が起こる見通しが強まっています。兵役導入案は国内保守層の取り込みを狙ったものと考えられますが、どの程度の効果があるのか定かではありません。

No Picture他の国々でも兵役や徴兵をめぐる議論が活発化しているのですか?

そうです。まず欧州に関していえば、今年3月13日、北欧のデンマークが女性を徴兵の対象に加え、軍の強化を図るとの政策を発表しました。この政策の背景にあるのは、第一に男女間の完全な平等の実現という時代精神ですが、第二にはウクライナへ侵攻したロシアに対する脅威感の高まりでしょう。なお、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドといった北欧の国々はいずれも徴兵制を採用しています。そして女性の徴兵は2015年にノルウェー、2018年にスウェーデンが既に導入しています。
歴史的にロシアへの脅威感が強いバルト3国でも、エストニアは一貫して徴兵制をとっていますし、リトアニアはロシアがクリミアを侵攻した2015年に徴兵制を復活させました。そしてラトビアは今年1月から、17年ぶりに徴兵制を再導入しました。ロシアの軍事脅威に備える措置であることは言うまでもありません。↓

No Picture北欧やバルト3国はNATOに加盟しているのに、それだけでは安心できないのでしょうか?やはり自助努力が必要と考えているのですか?

そういうことでしょう。特にNATOの盟主である米国への信頼感がぐらついているという事情も、欧州で徴兵制や兵役導入を促す要因となっているようです。欧州防衛からの離脱をたびたび口にしてきたトランプ米前大統領が11月の大統領選で再選される可能性が出てきたことが欧州諸国を不安にしているようです(『讀賣新聞』2024年4月30日)。フランスは2001年に徴兵制を廃止しましたが、2018年にマクロン政権は兵役義務の復活計画を発表しました。

2011年に徴兵制を廃止したドイツでも、兵員確保が難しいことから、徴兵復活論が起こっているとのことです。2023年3月にドイツの調査会社が行った世論調査によれば、61%が徴兵復活に「賛成」と答えたそうです(『讀賣新聞』2023年6月14日)。さらに旧ユーゴスラビアのクロアチアも、2009年に兵役を停止していましたが、現在、再開の調整が進んでいるとの報もあります。

No Pictureアジアはどうでしょう?

アジアでは、ロシアと「包括的戦略パートナーシップ」を深化させている中国が最大の脅威とされていますが、その脅威をもろに受けている台湾が今年1月、兵役義務を従来の4ヶ月から1年間に延長することになりました。台湾では1951年から徴兵制を敷いてきましたが、中台緊張緩和を受けて2018年に停止となりました。その代わりに兵役を義務化していたのです。そのほか、アジアの国では軍政を敷くミャンマーが今年2月10日、徴兵を始める方針を発表しました。一定年齢の男女が対象となります。
ところでこうした兵役義務化や徴兵制の問題は、ロシアや中国の軍事的脅威ということばかりでなく、少子化ともからめて議論されています。徴兵制をとっている韓国でも、少子化問題が国防上の大問題とされています。「女性徴兵制」論議も、ジェンダー論だけでなく、少子化との関係で取り沙汰されているようです。

わが国でも、野田聖子内閣府特命担当大臣(当時)がテレビ出演し、少子化を「最大の国難」と位置づけ、「安全保障の担い手である警察や消防、自衛官」の人員確保が困難となっていることを問題視しました。

野田聖子氏のオフィシャル・サイトを見ますと、「パラダイムシフト5」には「人口減少は女性活躍ではなく『安全保障』の問題と捉える」「人口減少は国家有事『他国から侵略されている』ことと同じ」というかなり挑発的な見出しが掲げられ、「減少する安全保障マンパワー自衛隊員は 30 年で1割減少『定員割れ』も常態化」と危機感を募らせています。


大臣や政治家という立場の人によってこうした議論が公然と行われている以上、わが国でも早晩、兵役義務化などの検討がなされる可能性も出てきそうです。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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