スマホと公共

都内のタクシーはほぼこの「エスライド」に飲みこまれた(JR小岩駅前)

30年前、私はスマホを持っていなかった。
ケータイも持っていなかったけど、何の不便もなく暮らしていた。

ある日このマクドナルドに入ったら、カウンタ前で大勢の客がスマホでなにかやってて、受付がない。まったく意味わからず逃げるように店を出た。マクドナルドに入れない日が来るとは思わなかった(葛飾区内)

20年前も、スマホもケータイも持っていなかった。息子の小学校でアドレスを登録した人に安全通知みたいの送るサービスが始まり、ケータイ持ってる人と持ってない人で差が出るのはおかしいのでは?と申し入れたけど無視された。
10年前、PTAの連絡にケータイが必要になったのでついにPHSを購入した。
その3年後、PTAの連絡にスマホが必要になった(ライン)けどスマホを持っていなかった。「塔島さんへの連絡伝達」という仕事が係内に付加され、迷惑かけ肩身狭かった。
そして2024年現在。私はガラケーを持っているだけでやはりスマホを持っていない。そのことにより、自分自身は30年前と何ら変わってないのに(年はとったよ)、ものすごく不便で不自由、いわば「障害」をかかえながら生活する身だ。

道からは地図や公衆電話が次々姿を消している(蔵前橋通り)

その日は大雨で風も強い大荒れの天気。薄暗い室内で、私は母と困った困ったと言い合っていた。
父の入院している病院から、時間指定で呼ばれていた。
どんどんその時間が近づいているのに、タクシー無線への電話がつながらない。
病院は歩いて40分くらいのところにあり、バスを使っても15分くらいは歩かなきゃならず、高齢の母と行くにはタクシーしかない。なのに雨で混んでるせいか電話がかからない。
切羽詰まった末、娘を呼んだ。娘がスマホを持って現れる。そして何かツンツンやって「呼んだよ」と娘が言ったその直後(ちょっと大げさかも)、もう目の前にタクシーがあった。
私たちは間にあった。

気づけば街はQRコードだらけ(江戸川区内)

スマホひとつでいろんなことがとっても便利な世の中だ。
でも持っていない人もいる。その多くは、母のような高齢者とか、貧乏人とかの、社会的弱者。
この雨の日、車を持っていないけど出かけなきゃならない多くのその「持たざるもの」たちが、タクシー無線に電話をしていた。だからいくらかけても話し中で、うちだけではなく多くの「持たざるもの」たちが困っていたんだと思う。
一方スマホではすぐ来る、ってことは対応可能なタクシーはあるってことだ。
スマホアプリの登場で、タクシー会社は個別の配車対応を廃止、無線会社での一括請負に移行している。
無線会社は電話対応(自動音声)もするけれど、受付の中心はアプリの方になっていて、電話回線も減らしてるのだろう、本当につながりにくくなっている。
結果、「持たざるもの」たちが、困難に陥る。

こんなとこ(都道信号)にもQRコードっぽいものが。多言語対応?(江戸川区内)

そしてこのあと母はこう言った。「私もスマホを持った方がいいのかしら。でも持っても果たして覚えることできるかしら」
困難に陥ると、持たざるもので、しかし「持てる」ものたちの一部は、遅ればせながらいよいよスマホを持つ、という選択をる。
結果スマホを持つ、というマジョリティがますます膨らみ、スマホを持たないものはますますレアな存在になる。
そのマイノリティ集団は、最終的には「持てない」ものたちだけになる。
この時代にスマホを持てないもの。それはつまり、スマホ云々の前に事情・困難を抱えた、お金がないものやブラックリストに載っちゃったもの、または身分証明ができないものたち。
ほんの一握りにすぎない彼らを見捨てて、時代は進む。

数少ない公衆電話ボックスからは「電話帳」が姿を消した(蔵前橋通り)

世の中はマジョリティが便利な方向に、ものすごい速度で進化する。
反比例する形で、マイノリティは今までできていたことができなくなる。
タクシーで起きていることは、今後、さまざまな公共、バスや電車、病院にも、スーパーマーケットにも、自動販売機にも、容易に広がっていくだろう。銭湯にも、公園にも。床屋にも八百屋にも。公衆電話なんて、もうじきなくなっちゃうだろう。

お賽銭もじきにスマホ決済になるだろう(葛飾区内神社)

私はスマホを持っていない。
でも私はスマホを持とうとすれば持てるものだ。
持てばいいだけの話じゃん。て言われるだろう。だからいずれ持つことになるだろう。そしてマジョリティの仲間入りをして便利な生活を送るだろう。
すごくいやなのに! 嫌いなのに!
多様性の時代、選択肢が広がってるように見えて、「スマホを持たない」選択が事実上不可能になっちゃった。
なんて世の中なんだろう!
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。


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