かわらじ先生の国際講座~混沌としてきた中東情勢

No Picture昨年10月にパレスチナ自治区ガザで、イスラエルとイスラム主義組織ハマスとの戦闘が始まってから4ヵ月経ちますが、停戦の可能性が見えてきません。それどこか戦域は中東全体に拡大し、様々な国や組織を巻き込んで、混沌とした様相を呈しています。一体事態はどのように推移してきているのでしょうか?

イスラエルとハマスの戦いはいわば「パンドラの箱」を開けてしまい、中東における諸々の勢力が跋扈して、事態を幾層にも複雑化してしまっているようにみえます。これを思い切り単純化して俯瞰すれば、一方の極にはイスラエルと米国、他方の極にはハマスの肩をもつイランと親イラン派の多国的な武装組織があり、この両者が軍事的に対立しています。問題の核心は米国とイランの対決ですが、しかし両国とも、予測不能な災厄を招きかねない直接的な衝突は回避しようとしており、米国(および英国等の有志国)と親イラン派武装組織との紛争が広範な中東地域で展開されています。

No Picture親イラン派組織とは具体的に何なのですか?

いくつかありますが、まずは「フーシ」と呼ばれるイエメンのイスラム教シーア派武装集団です。イエメン政府との内戦で勢力を拡大し、シーア派の総本山であるイランを後ろ盾とし、現在はイエメンの首都を制圧するほどになっています。
このフーシが、ガザ地区をめぐる紛争が生じて以来、紅海を通過する国際船舶を襲撃し、イスラエル側につく国々への妨害工作を展開しています。昨年11月下旬には、日本郵船の自動車輸送船「ギャラクシー・リーダー」がフーシによって拿捕されたことを記憶している人もいるはずです。今年に入ってもフーシの商船襲撃は止まず、多くの国が輸送ルートを紅海から喜望峰経由へと切り替え、輸送日時の増大だけでなく経費の高騰を招いています。
1月12日、米英両軍はついにフーシの複数の軍事拠点に対する攻撃を行いました。攻撃は複数回行われ、最近では2月3日にも米英軍がフーシの拠点を新たに攻撃しました。

No Picture他にはどのような武装組織が活動しているのでしょう?

1月28日、ヨルダンの米軍事拠点が無人機による攻撃を受け、米兵3人が死亡、40人以上が負傷しました。米兵の死は米国に衝撃を与え、報復への世論が高まり、バイデン政権は実行犯を親イラン組織の連合体「イラクのイスラム抵抗運動」であると断定し、2月2日にイラクとシリアの7拠点への報復攻撃を実施しました。

No Picture米兵の死に対する報復攻撃は、バイデン政権にとっても厳しい決断だったようですね。

はい。報復の開始が事件後5日経ってからというのもそれを物語っています。米国内では、共和党の強硬派議員を中心に、「バイデン大統領の決断が遅すぎる」「イラン本土への攻撃もためらうな」といった意見が噴出した由ですが、大統領としてはイランとの泥沼の紛争に至ることは絶対に避けたいところですが、11月の大統領選を見据えれば、国民に弱腰だとの印象は与えたくない。こうした中での報復だったわけですが、イラクとシリア領内における親イラン派勢力への攻撃だったため、両国ともこれを「主権侵害である」「正当化できる攻撃でない」と反発しました。

No Picture米兵の死が米国内の反イラン感情を一気に高めることはイランとて百も承知だったはずですが、一体イランはこの問題をどう受け止めているのでしょう?

米国と同様、イランもまた米国との直接衝突は望んでいません。そのことはイラン側もずっと述べています。今回の米軍基地への攻撃と米兵の死も、ことによるとイラン政府にとっては想定外のことだったのかもしれません。実行者が親イラン派集団だったのは確かでしょうが、イランの指示だったかどうかは定かでありません。実際、親イラン派の諸集団は独自の意志を有し、必ずしもイランに従順というわけではないのです。
国連のイラン代表団は、この事件に関して自国の関与を直ちに否定しています。また、実行者と目される親イラン組織の連合体「イラクのイスラム抵抗運動」、特にその中の「カタイブ・ヒズボラ」という武装組織は、米軍基地襲撃後の1月30日(まだバイデン政権が報復攻撃に踏み切る前ですが)、米国への軍事活動の停止を一方的に宣言しました。彼らとしても米兵殺害は予定外のことで、「これはまずいことになった」とひるんだようにも思えるのです。

No Picture米国もイランも戦争を望んでいないことはわかりましたが、しかし事態は両国政府が制御できないものへと変わりつつありませんか?

懸念されるのはその点です。2月7日に米中央軍は、イラクを拠点とする親イラン武装勢力「カタイブ・ヒズボラ」の司令官を殺害したと発表しました。米兵3人が殺害されたことに対する報復措置の第二弾とみられます。大統領選挙を見据えるバイデン大統領としては、国内世論を無視できず、ずるずる強硬路線へと進んでしまう可能性もあります。一方、イラン政権も一枚岩ではなく、対米強硬派が一定の勢力を張っています。何かのきっかけで両国が衝突する事態も決して否定できません。また、レバノンを中心に活動するイスラム主義組織「ヒズボラ」もハマスと連携してイスラエルへの攻撃に加担しています。さらに最近、イスラム主義組織「アル・カイーダ」や「イラク・レバントのイスラム国」のテロ行動も活発化しているようです。

ガザ地区をめぐるイスラエルとハマスの戦闘も継続しています。多くの国や軍事組織を巻き込み、紛争当事者を増大させながら、中東情勢はますます混沌の度合いを強めているように思われます。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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