２０２１年秋に起こった表現の自由抑圧事件。福井県の高校演劇祭で「明日のハナコ」という作品が、排除の扱いを受けました。年末のケーブルテレビ放送を一校だけさせない、創作戯曲集を回収する、などの扱いです。これに対して私は上演実行委員会を結成し、撤回するよう求めて動いています。（詳しくは下記のウエブサイトを）
原発批判や、福井の有力政治家の問題発言を引用した部分がある台本です。それを嫌って高文連演劇部会長という肩書の校長が「排除しよう」と提案し、１３名いた高校演劇部の顧問たちが従っちゃった、という事件です。劇の内容をもとに介入する露骨な差別事件です。
パンツ議員と言われる自民党国会対策委員長やら、杉田水脈という女性差別が露骨な議員を当選させて恥じない県でのことです。偏った政治風土のもとでは、教員たちは、校長の暴言をいさめる知的な行動をとれなかったのです。そういう強い「空気」があったのです。末端の教員たちの委縮。そのリアル。私は驚き、戸惑い、そして慣れていきました。
しかし、慣れることができないのは、このことを訴えたら、全国高演連、という教員の全国組織が「問題なし」とスルーしたことです。日本劇作家協会も日本演出者協会もこの事件をスルーしました。
劇作家協会の理事たちには知り合いがたくさんいます。多くは、「反体制的な」戯曲を産む人たちです。高校の顧問たちも脚本を書きます。多くは原爆を悲しみ、教室でのいじめを嘆き、原発批判もします。
だから、こんな差別事件には一も二もなく抗議声明が出されると思っていました。しかし。出ませんでした。
劇作家たちの本音のつぶやきを想像しました。
「劇でやることは政治的でもいいんだよ。だけど劇から離れて、舞台から降りた後にウンドウするなんて、ばかだよ。それとこれとは別よ。『実際には動かないけど、賢そうなことは書く』のが劇作家じゃないの。そういうことを承知したうえで皆さん、競争してるんじゃないの。狂騒もしてる。業界の空気を知らんなあこのスズエは。どっちらけやな。空気読めや。80年代か。いまのところ、劇の中では左翼っぽいことやってるほうが評価してもらえるのよ。だからぶってるのよ私らは。おれっちが出世できるか、有名になれるかどうかだけが大事なのでね。へえへえ。」
……極端な想像でしょうか。私は、彼らの作品を知っているだけに、これが最もリアルなんだと思っています。
ウクライナ侵攻への抗議声明は出したんです。そういう、自民党政府でも賛同するような声明は出す。だけど、国内の人権抑圧には「議論のさなかのようだから」と声明は出さない。これが今の劇作家の、あつまりの、トップたちの人格です。
運動していてよく耳にするのは「大人が書いた台本。子供を操った上演だよね。子供を利用して運動してるだけだよ。」です。
劇をやってる人がそう語ることが多いのです。だけど、役者は、脚本書く人の文字をなーんにも考えないで、ただ言わされるだけなんでしょうか？ましてや高校生なら操られてるだけなんでしょうか？
私は劇作家で、各地から上演許可を求められ、台本は再演されます。自分の台本を上演するその役者たち、演出家たちが私の台本に操られている、受け身で無思考な存在だなんて考えたこともありません。若き頃は大先輩の既成台本を上演していたへたくそ役者でした。人の書いた台本でも、稽古しているうちに、自分のことばになるものです。セリフ覚えは大変です。さらに繰り返し劇団員で稽古して、音楽もつけてみたり、照明のきっかけに苦しんだりしてるうちに、もう自分のことばと化して本番を終えるのが普通の役者です。上演が終わって２－３か月は、ちょっとした会話のきっかけで劇中のセリフの応酬をふざけてやってしまえるくらい脳から離れない、感情移入も離れない、そんなのが通常の役者です。それを肉体による立体化、と呼ぶんじゃないですか。
そんなこと、一度でも演劇したことがある人ならだれでも知ってるはずだ。みんな、動かないための理由を無理に探し、こじつけているだけなんです。
今回の記事は明るい思考でまとめるようなことがむつかしいです。絶望的な状況を報告することは、それ自体反撃の意志を醸成するために意味があるんだ、とせめて今は自分を慰めることくらいしかできません。私は秋にこの経験を素材に戯曲を書くつもりです。
（劇作家 公認心理士 鈴江俊郎）