かわらじ先生の国際講座~北方領土をめぐる不穏な情勢

7月下旬以来、北方領土・歯舞群島の1つである貝殻島の灯台に異変が生じています。まず7月27日、この灯台の最上部に、ロシア国旗が掲げられているのを根室市民が見つけました。8月2日、根室海上保安部の巡視船もこれを確認しました。8月下旬、同保安部は、数名の作業員(おそらくロシア人)によって灯台が白く塗られていること、ロシア正教の十字架と見られるものが設置されたこと、さらに灯台が点灯されていることを確認しました。灯台の点灯は、2014年11月4日以来、9年ぶりとのことです。ロシア側によるこのような行動は何を企図したものなのでしょう?

これがロシア側のいかなるレベルの指示で行われたのか(国なのか、地方行政府なのか、それとも何かしらの社会団体なのか)不明ですが、ロシアによる北方領土の実効支配をアピールするのが目的であることはたしかでしょう。松野博一官房長官も8月29日の記者会見で、領土問題に関するわが国の立場に鑑み、ロシア側のこうした行為は受け入れられないと外交ルートを通じて伝えたと表明しました。

なぜこの時期に、こうしたことが行われたのでしょう?

いくつかの背景要因が考えられます。まず昨年2月24日、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が開始されると、日本は対ロシア制裁に参加しました。それに反発したロシアは、同年3月、日本との平和条約交渉の中断を発表し、北方領土元住民の日本人(及び関係者)と現住民であるロシア人との「ビザなし交流」を停止しました。
そこで北海道と「千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)」等が協力して昨年来、直接の墓参に代わる船上からの「洋上慰霊」を実施し、今年も8月28日から9月30日まで、計6回の予定で実施されています。8月28日の「洋上慰霊」は、貝殻島灯台を間近にしたところで行われましたが、そのタイミングに合わせて灯台にロシアの国旗や十字架を設置し、白く塗り直すなどの示威行動をとったものと思われます。すなわちこれは正真正銘のロシア領だとのアピールです。

ロシア側による一方的な敵対行動ないしは挑発行為と見ていいのですか?

灯台が修復され、灯が点ること自体は、日本側にとっても有難いことなのです。もともとこの海域は潮の流れが速く、暗礁もあって危険です。そこで1937年に当時の逓信省がこれを建設しました。第二次世界大戦後はソ連(ロシア)のものとなりましたが、老朽化のため、2014年11月以降は灯が消されたまま放置されていました。2017年9月、安倍首相(当時)とプーチン大統領がこの灯台を改修することで合意しました(『讀賣新聞』2023年8月30日)。日本もコンブ漁等で必要だったのです。ちなみに今年も4月1日、日露間の民間交渉が妥結し、6月1日から9月30日までを漁期として、北海道の漁師たちが貝殻島付近でコンブ採取をしています。

No Pictureつまり貝殻島の灯台は、日露間の友好のシンボルともなり得たのですね。それがウクライナ戦争を期に、政治の荒波にのまれ、いまや日露敵対の象徴とされてしまったということでしょうか?

そういうことです。今年6月20~21日、ロシア議会の上下両院は、従来「第二次世界大戦終結の日」としていた9月3日の記念日を、「軍国主義日本に対する勝利と第二次世界大戦終結の日」に改名する法案を可決し、プーチン大統領も24日に署名しました。ちょうどこの時期、ロシア政府は、日本がウクライナへ自衛隊の車輌を提供したことに強く反発していましたので、それへの報復だったと思われますが、あえて「軍国主義日本に対する勝利」と明記したことは、北方領土がロシアの正当な獲得領土だと国内外に誇示する意味合いもあったのでしょう。

No Picture9月3日には、北方領土の択捉などを始めロシア各地で、盛大な戦勝記念式典が執り行われたと聞きます。サハリンを訪れたメドベージェフ前大統領は、「日本政府は新たに軍国主義化を進めている」と非難したとか(『朝日新聞』2023年9月4日)。冷戦時代の再来を思わせます。

ロシアのラブロフ外相も9月1日にモスクワ国際関係大学で講演し、日本は「米国政府の決定にただ従っているだけだ」と批判し、北方領土問題は「最終的に閉じられた」と述べ、もう日本との領土交渉に応じるつもりがない姿勢を示しました(『京都新聞』2023年9月2日)。日本による対露制裁とウクライナ支援への報復であることはたしかですが、日本側もいまやロシアを仮想敵国と見なしています。8月下旬、海上自衛隊は米国及びカナダの海軍とともに、北方領土付近で共同訓練を行いましたが、これがロシアを大いに刺激したことは間違いありません。

No Picture今後、日露間でどのような事態が懸念されますか?

貝殻島の灯台の問題や「ビザなし交流」の停止などもそうですが、国家間の対立が結局は民間人を巻き込み、その代償を国民が払わねばならないという事態を危ぶみます。現在行われているコンブ漁に悪影響を及ぼさないという保証はありません。
9月15日からは、ロシアが排他的経済水域(EEZ)だと主張している海域で、サンマ漁が始まります。漁の関係者は、ロシア当局による拿捕などへの不安を口にしています。「日本政府にはロシアとの関係改善に努力してもらいたい(『朝日新聞』2023年8月21日)」との漁業関係者の言葉を重く受け止めたいと思います。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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