立石のこと 1

仲見世はお惣菜屋さんがいっぱい
呑んべ横丁入口

地球は人が作ったものではない。
きれいな丸ではない、いびつな楕円だ。
そこに生まれた私たちヒトも、誰もが左右対称でも円錐形でも長方形でもない、複雑で歪んだ、定規とコンパスでは描けない形だ。
そんな地球の一点に、そんなヒトたちが集まってできた「町」の姿もまた、複雑でいびつであるはずだ。
コンピューターで図面を書き、計画的に一軒の家を建てることはできるかもしれない。だけど家でなくヒトの集合体である、いくつもの暮らしと暮らしが交差する「町」は、人の出入りとともに少しずつ形を変えながら、自然にできていくものなんじゃないか。幾何学図形で表せない、コピーできない、量産できない、唯一無二の、図面で表すことはできないもの。
ましてやそこに住まない人がコンピューターで作れるものでは決してないと、私は思う。

半身揚げが大人気の鶏肉屋さん

30年ほど住んだ目黒区から9年前、実家のある葛飾区に戻ってきた。
離婚しての、敗北感いっぱいの出戻りで、帰郷当時は身も心もボロボロ。そんな私を涙が出そうなほど嬉しくさせてくれたのは、京成立石駅周辺の、昔と変わらない姿だった。
踏切の両側に小さなお店がいっぱいひしめいている。
しかもその小さなお店の多くが繁盛し、飲み屋はどこも満員で盛り上がり、もつ焼の煙と笑い声が町一帯を覆うかのようだ。
それを目にして、あー帰って来て良かった、立石があったよ! と思ったのだ。
結婚前、家から徒歩30分の立石駅を利用したのは、京成沿線の高校に通った3年間だけ。

仲見世入口のおせんべ屋さん

でもその3年は学校帰りの商店街への寄り道が楽しく、制服のまま一人で甘味喫茶でおもちを食べたり、貸本屋で漫画を借りたり。100円のお寿司を1皿だけ食べに、友だちと寿司屋に入ったこともあった。
お店群は当時そのままに残っているわけじゃなく、記憶もあいまいで覚えているお店は数軒に過ぎない。
それでも町は当時の面影を残したままその延長上の形を成し、東京の一等地(といっても住んでたのはおんぼろアパート)から落ちてきた女の目に、懐かしさは半端なかった。限りない安堵とともに、少し遠回りでもJRを使わず京成通勤をすることに私は決めた。

牛豚屋で豚のこま切れを買い、鳥屋で鶏のぶつ切りを買う。その横の細い道は呑んべ横丁に通じている。

コロッケが大人気のお肉屋さん

小さな隙間に、小さなお店が立ち並び、そこには大きな人、強い人は入れない。
立石は、大きくない、偉くない、強くない人の町だと思った。

魚はこの店、納豆はこの店、パンツはこの店。立石を基盤とする生活が調子づいてきたある日のこと。
通りかかった味噌屋の店先に、不吉なのぼりを発見した。

「街壊し再開発は反対」

「手作り味噌」、ではなく、「立石名物」、でもなく、そこにはそんな見たくもない言葉が書かれていた。
再開発。そんな、「人」とも「町」とも「地球」とも相容れない3文字を、その言葉がもっとも似つかわしくないこの立石で見るなんて! ウソでしょ?と思った。デマでしょ?と思った。
でもその悪夢のような計画は、そのときすでに、私が引っ越してくる前から、私の知らないところで着々と進められていたのだった。

旧赤線の名残を残す飲み屋街

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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。


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