かわらじ先生の国際講座~日米同盟:「抑止力」から「対処力」へ

米国の有力シンクタンク「米戦略国際問題研究所(CSIS)」が1月9日、中国の台湾侵攻に関するシミュレーション結果を公表しました。以下、『朝日新聞』(2023年1月12日)の記事によれば、台湾有事が想定されるのは2026年、台湾防衛の「要」は日本であること、最終的に中国の台湾侵略は失敗するが、日米の代償も大きく、「米軍の空母2隻のほか、米軍や日本の自衛隊の艦船数十隻、航空機数百機、要員数千人が失われる」とのことです。これは平和研究の立場からの報告ではなく、勝利のための改革提案で、今後「日本の基地で航空機を攻撃から守るため、強靱性を高めること」、「有事に備え、日本の民間飛行場の利用を確実にすること」などが必要だと指摘されています。このような実戦的な案が出されるほどに事態は切迫しているのでしょうか?

台湾有事の可能性が高まっているのはたしかです。NHKも昨年初頭、「台湾危機は2027年までに起きるのか?」という特集を組んでいました。

わが国政府も今後5年間で、総額約43兆円の防衛費を確保する方針を固めていますが、これも中国との紛争を念頭に置いてのことでしょう。政権内部では、もはや戦争は避けられないとの共通認識が醸成されているのではないかとわたしは見ています。

しかし、防衛強化は抑止力を高めるためだと為政者は説明しています。抑止力とは、こちらの確固たる覚悟を示すことによって相手の攻撃を自制させ、戦争を未然に防ごうとする策のことではないのですか?

昨今、政治家たちは「抑止力及び対処力」の強化という表現を好んで使います。1月13日、米ホワイトハウスにおけるバイデン大統領との会談のなかでも岸田首相は、反撃能力保有を盛り込んだ新しい国家安全保障戦略の改定などついて説明し、「日米同盟の抑止力、対処力を強めることにつながる」と強調しました。
抑止力とは、侵略の発生以前に相手国の侵略意図を抑止することです。これに対して対処力は、侵略の発生後にどう戦い、相手の攻撃にいかに対応すべきかに関する能力のことです。つまり対処力とは、戦争が始まった場合に発動される実力のことなのですが、今日の政府は、抑止力よりも対処力に重きを置いているように見受けられます。反撃能力の保持を始めとする軍事力の大幅な強化、実戦さながらの日米共同軍事演習などを見ると、もはや抑止のためとはいえません。
たとえば防火対策のためといいながら、ビルの周囲を十数台の消防車が取り囲んでいる光景を目の当たりにしたら、これを防火対策と思う人はいないでしょう。火事は避けられないという状況下での鎮火体制と見るべきなのです。昨今の日米も、中国軍との衝突は不可避との認識で軍備を固めつつあるように思われます。

具体的に、どのような軍事的措置がとられているのでしょう?

今年の1月に米政府が日本側に伝えたところによれば、米国は沖縄に駐留する海兵隊を2025年度までに改編し、離島有事に即応する「海兵沿岸連隊(MLR)」を創設する方針を固めたそうです。MLRは台湾有事の際、中国に包囲ないしは占拠された諸島にとどまって戦うことが想定されています(『讀賣新聞』2023年1月10日)。
昨年11月には台湾有事を見越し、南西諸島などで最大規模の日米共同演習「キーン・ソード」が実施されましたが、台湾に最も近い与那国島に初めて自衛隊の16式機動戦闘車(MCV)」が運び込まれ、公道を走行したことがニュースになりました。政府は、与那国島や石垣島などの先島諸島がミサイル攻撃の対象になる可能性が高いとみて、今後シェルターの設置を検討しています。

そもそも台湾有事になぜ日本が巻き込まれなくてはならないのでしょうか?

地震と同じようにといえば語弊がありますが、今日の国際政治も100年に1度の「地殻変動」が生じているのです。20世紀以来、国際政治の場では米国が覇権国家として君臨してきました。米国は海洋国家として、太平洋における制海権も握ってきたのです。第二次世界大戦で日本が負けると、その支配下にあった東シナ海等の権益も米国が引き継ぐことになりました。日本は米国の庇護のもとで、海洋の自由な利用権を認められてきたわけです。それが現在言うところの「自由で開かれたインド太平洋」の圏内に相当します。
ところが、この数年で国際環境は激変しました。中国が「一帯一路」を掲げ、ユーラシア大陸や太平洋へと勢力圏を拡大し始め、米国と覇を競うようになったのです。台湾や尖閣諸島に対する中国の要求は、米国の覇権が及んでいた海洋へ進出するためのステップなのです。世界史的観点から俯瞰すれば、世界の海洋覇権は今や米国から中国へ移ろうとしているのです。しかし米国は何としてもその流れを阻止したい。しかし単独では中国に対応できなくなっているため、日本やNATO、オーストラリアなどの力を結集しているのです。
米中の覇権交代を「地殻変動」にたとえるなら、その最大のひずみが生じるのが日本周辺です。尖閣諸島周辺の侵入など中国の海洋への野心と、それを阻止しようとする米国の対決姿勢が、この「ひずみ」をもたらしているのです。そして力のバランスは、中国優位に傾きつつあります。どれほどの規模になるのかわかりませんが、このままでは軍事衝突が起こるのは必至と思われます。世界は乱世、そして動乱の時代を迎えています。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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