かわらじ先生の国際講座~かすむ日中国交正常化50年

今年9月29日に日本と中国は、国交正常化50周年を迎えます。両国は9月12日、その記念シンポジウムを東京都内で開催しました。中国の王毅国務委員兼外相はビデオメッセージを寄せましたが、「(日本は)約束を順守しなくてはならない。日中間の原則的問題(中国は一つであり、台湾はその一部であること)を曖昧にしてはならない」と主張しました(『京都新聞』2023年9月13日)。
このシンポジウムは在日中国大使館や経団連の主催で、北京ともオンラインで結ばれているそうですが、公開されたのは開会式のみで、実際にどのような議論が行われたのかは定かでありません。しかし、王毅外相の発言からも推測されるように、中国側の対日姿勢はかなり厳しく、およそ「友好」とは程遠い感じがします。歴史的な国交正常化が実現した50年前と今日を比べ、何がどう変わってしまったのでしょうか?

「一つの中国」を唱える中国政府の立場は50年前も現在も全く変わらず、一貫しています。50年前の台湾情勢はむしろ今より厳しかったともいえます。当時は米国も日本も台湾を独立国家(中華民国)と見なしていましたし、米台は軍事同盟国でした。
しかし1972年2月21日、米国のニクソン大統領(当時)が訪中し、米中共同声明のなかで「中国はただ一つで台湾は中国の一部分」であるとする中国の立場を「認識」し、「異論を唱えない」と表明したのです。ちなみにその前年(1971年)10月には、国連総会で中華人民共和国の代表権が認められ、台湾が国連から追放されています。なお、米中が正式に国交を正常化するのは1979年1月ですが、その際、米国は台湾と断交しました。
1971年以来顕在化してきた米中接近の動きに沿う形で、日本も1972年に中国との国交正常化へ舵を切るわけです。その時、日中間で最大の懸案となったのは台湾問題でした。結局日本は、事前に米国の了解を取り付けたうえで、「台湾は中国の不可分の一部」であるという中国の主張を「理解し尊重する」と表明し、日中共同声明にもそれを明記したのです。

つまり日米は50年前、台湾問題で中国に譲歩したということですか?

簡単に言えばそうです。当時の米国はベトナム戦争で疲弊し、国際的な威信も損なっていました。この状況から脱却するための切り札として米中接近を図ったのです。新たなマーケットとしての中国にも期待していたのでしょう。
米中の関係改善は、沖縄の状況も変えました。1972年5月15日、沖縄が米国から日本に返還されましたが(ですから今年は沖縄返還50周年でもあるわけですが)、米中和解という国際情勢の変化なくして実現は困難だったはずです。他方、中国側にも米国に歩み寄らねばないない事情がありました。

それは何でしょう?

中国はソ連との対立を深めており、1969年3月にはダマンスキー島で軍事衝突まで起こしていました。ソ連との対抗上、米国と手を結ぶことが得策だと考えられたのです。言い添えれば、当時の中国は今とは比較にならぬほど経済的にも軍事的にも弱小でした。中国にとっても米国による援護が必要だったのです。

現在と50年前とではだいぶ情勢が異なりますね。いまや中国は経済的にも軍事的にも米国と肩を並べる大国に成長しました。しかも今日の中国とロシアは蜜月関係といっていいほど接近しています。このなかで日中関係は改善する余地があるのでしょうか?

非常に難しいでしょうね。特に米国でバイデン政権が誕生して以来、益々日中が改善する余地は狭まっています。

それはなぜですか?

それまでも日中間には困難な問題が山積していましたし、尖閣諸島をめぐる対立も深刻でした。しかし両国は、安全保障は安全保障、経済は経済というふうに、いわば「政経分離」の形で折り合いをつけてきたのです。ところがバイデン政権になって、安全保障問題が対中国政策の中核となり、日本もそれに引き込まれてしまいました。
昨年(2021年)9月には米英豪による軍事同盟「AUKUS」が結成され、同月、日米豪印による対中封じ込めの枠組み「QUAD」が初の対面首脳会談を開きました。日米は「自由で開かれたインド太平洋」をスローガンに、英仏独などNATO諸国を引き入れながら、着々と中国に対する包囲網を形成しています。ウクライナ戦争以降、この包囲網はロシアと中国に向けられ、極東へのNATO拡大という現象が起きています。それへの反発として、中国とロシアは極東や日本海などで頻繁に共同軍事演習を繰り返しています。

こうした情勢下では、日中関係の改善は不可能とみていいでしょうか?

それは国際情勢の変化と政治家の器量次第です。50年前の米中接近や沖縄返還、そして日中国交正常化にしても、その直前まで、よほどの楽観主義者でないかぎり可能だとは思われなかったのです。ですからわたしはあまり悲観的になりすぎることはないと考えています。
日中国交正常化50周年を迎える9月29日までに事態を好転させることは無理でしょう。米中はこのごろ、台湾をめぐって一段と強硬な態度をとっていますが、米国としては11月8日に大統領中間選挙が予定されており、政治家たちは中国に対し(人権問題を含め)毅然とした姿勢を示すことが必要だと考えています。かたや中国も、今秋に党大会を控え、特に台湾問題で原則的な立場を誇示することが習近平氏には重要です。ですから、いずれ米中とも国内事情が落ち着けば、仕切り直しのタイミングがやってくるのではないでしょうか。
日本にしても、物価高騰や円安の進行など経済的に厳しい情勢に追いやられています。経済を犠牲にして安全保障を優先するわけにはいきません。実は昨年の日中の貿易額は過去最高を記録しています。日本の貿易総額のなかで中国はトップで、4分の1近くを占めています。それは第2位である対米貿易額の1.6倍になります。この現実を考えれば、中国を敵視するわけにはいきませんが、その点は米国も同様です。米中の経済的な相互依存は歴然としています。
ウクライナ戦争の帰趨がカギを握ることはたしかですが、いずれ安全保障から経済へと国際関係のトレンドは変わるはずです。オバマ政権が中国との関係を重視していたのはそれほど昔のことではありません。わが国も新型コロナウイルス禍さえなければ、2020年の春に習近平国家主席を国賓として招いていたかもしれないのです。そして、これほど中国の軍事脅威が喧伝されるなかでも、その渦中にある沖縄県民は、辺野古基地にNoを唱える玉城デニー知事を再選させました。東アジアを対立から平和へと導くための諸条件が整うことに期待します。日中が反発し合うことは、結局どちらの国にとっても得にはなりません。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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