かわらじ先生の国際講座~危うい極東の軍事情勢

ロシア軍が9月1日から7日までの予定で、極東の各地(ロシア領ハバロフスク地方、サハリン州、北方領土の国後・択捉、オホーツク海や日本海)において「ボストーク(東方)2022」と呼ばれる軍事演習を行っています。
これにはロシア軍のほか、アゼルバイジャン、アルジェリア、アルメニア、ベラルーシ、インド、カザフスタン、キルギス、中国、ラオス、モンゴル、ニカラグア、シリア、タジキスタンの軍隊も参加しており、計14ヶ国、5万人以上の兵員による大規模演習とか。
わが国にとってはすぐ近くの極東での軍事演習です。これは日本に対する何かしらの警告あるいは示威行為なのでしょうか?そしてウクライナ戦争とも関連しているでしょうか?

たしかに参加国も多く、大々的な軍事演習に見えますが、あまり過大に評価すべきではありません。この「ボストーク」は、4年に1度行われるもので、参加国も旧ソ連構成国から成る集団安全保障条約機構(CSTO)や、ロシアと中国を軸とする上海協力機構(SCO)の加盟国です。これら諸国が共通の理解を醸成し、作戦・戦術レベルでの連携を再確認し、軍人間の友好と仲間意識の共有を図るといったイベント的側面も強いのです。

とはいえ、われわれからするとインドの参加はやや奇異に映じます。インドは対中国包囲を企図した日米豪印4ヶ国連携(QUAD)の一員なのに、なぜ中露軍と一緒に軍事演習を行うのか……。やはりこの背景にはウクライナ戦争があると見ていいでしょう。

といいますと?

ウクライナ戦争をめぐって世界は欧米を中心とする「民主主義陣営」と、ロシア・中国を中心とする「専制主義陣営」に二分され、前者は「インド太平洋地域」を死守すべく、NATOを極東にまで拡大しようとしています。英国、フランス、ドイツの軍隊が日本の自衛隊との軍事演習を定例化しようとしているのもその現れです。インドを「専制主義国」と呼ぶのは語弊がありますし、そもそもこうした二分法はアメリカ的ないしバイデン政権流の発想なのですが、インドがこうした図式にNOを唱えたと見ることができます。わたしなりに敷衍していえば、「民主主義」という美名のもとに、「インド太平洋地域」を欧米の権益圏にすることにインドは同調しないということでしょう。この点では、国境紛争を抱え対立する中国とも一致しているのではないのでしょうか。

つまり今回の軍事演習「ボストーク2022」は、参加国がロシアへの連帯を示すという政治的な意味合いが大きいということでしょうか?

そう感じます。そのことは参加兵員の数をみてもわかります。前回2018年の演習時には約30万人が集結しましたが、今回は5万人余りの参加にとどまっています。一説には、ウクライナ戦争の膠着化によりロシア軍の兵員不足が深刻化しており、極東のロシア軍部隊が欧州方面へ大量に動員されたため、「ボストーク2022」に参加できるロシア兵が大幅に減ったとの見方もありますが、たしかにそういう一面もあるにせよ、前回の30万規模から今回の5万人へという減り方は極端です。本格的な軍事訓練というよりは政治イベントとしての位置付けに変ったのではないかと推測されます。

では、ロシアの軍事脅威をそれほど深刻にとらえる必要はないということですか?

「ボストーク2022」はともかく、極東における中露の軍事連携にスポットを当てるならば、事態は深刻です。とりわけウクライナ戦争を機に、両国の軍事的な協力が一段と進んだように見えます。
たとえば、防衛省の公表に基づき、『日経新聞』(2022年7月14日付)が集計したデータによれば、日本周辺の空域・海域における中露両軍の艦船や航空機の活動が、ロシアのウクライナ侵攻後、非常に活発化しています。2021年10月から侵攻までの4ヶ月間は、その活動は35回でしたが、ウクライナ侵攻後の4ヶ月間では、延べ90回に上っています。すなわち2.5倍の増加です。中国はウクライナ戦争においてロシアに直接的な軍事支援は行わないものの、ロシアの極東方面軍が手薄になった場合には、中国軍がそれを補うという了解があるように見受けられます。他方ロシア側は、台湾有事の際には欧米や日本の矛先が台湾に集中しないよう、極東におけるロシア軍を出動させ、日本海やオホーツク海に日米の軍事力を足止めさせるといった作戦をとるつもりなのでしょう。つまりロシアと中国は相互補完的な軍事関係を構築していると見られます。

中露の軍事協力の強化を示す最近の具体例はありますか?

日本周辺における中露両軍の共同行動については、少なくとも2019年以来観察されていますが、今年になって定例化されたようです(防衛研究所の年次報告書『東アジア戦略概観2022』による)。5月下旬には(QUAD首脳会談当日ですが)、ロシアと中国の爆撃機が揃って日本海から東シナ海、さらには沖縄本島と宮古島の間を通過し太平洋まで共同飛行しました。6月下旬にはロシア海軍の駆逐艦など計5隻が対馬半島を北東に進み、日本海に向かいましたが、呼応するように中国海軍のミサイル駆逐艦など計3隻が伊豆半島の須美寿島と鳥島の間を西進しました。7月4日にはロシアと中国の海軍艦艇が尖閣諸島沖の接続水域を相次いで航行しているのが確認されていますし、似たケースはその後も何度か報告されています。最新のニュースによれば、9月3日、中露海軍の艦艇6隻が、北海道沖の日本海で機関銃射撃を行いました。

これは軍事演習「ボストーク2022」の一環とも思われますが、日米同盟に対する何らかの威嚇と見なせます。ロシアは、自国への制裁措置をとる日本を「非友好国」に指定しています。他方中国も、台湾問題をめぐり日本に厳しい姿勢を示しています。本来であれば、今月29日は「日中国交正常化50周年」を祝う日なのですが、岸田首相はその記念行事に「今現在、出席の予定はない」と記者会見で明らかにしました。
こんなふうに日本周辺での軍事的緊張の高まりを目の当たりにすると、いつの間にか日本が、ウクライナ戦争や台湾海峡をめぐる危機の当事者にされてしまう危機感をおぼえます。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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