かわらじ先生の国際講座~核禁条約会議を振り返って

6月21日~23日、オーストリアの首都ウィーンで、核兵器禁止条約の第1回締約国会議が開催されました。同条約は2017年7月7日、国連総会で採択され、2021年1月22日に発効しました。今年6月29日現在、署名国は86ヶ国、批准国は66ヶ国です。

今回の会議には批准国のほか、34のオブザーバー国など、計83ヶ国・地域が参加し、核廃絶への決意を示す「政治宣言」と、50項目の「行動計画」が採択されました。

この会議の成果をどう評価しますか?

核兵器禁止条約は「核兵器なき世界」の実現を目指して結ばれたものですが、今回の会議ではそのための具体的な方策が検討されました。核保有国のみならず、「核の傘」の下にある国々も批判され、核抑止論は誤りであると明言されました。発言者からはロシアによるウクライナ侵攻が核の脅威を高めたとの意見も出ましたが、宣言ではロシアを名指しすることは避けられました。
核兵器をもつ国が条約を批准した場合、10年以内に核を廃棄すべきこと、米国の核が配備されているNATO諸国(ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ、トルコ)が批准した場合は、90日以内に核を撤去すべきことも定められました。また、この条約は単独で核廃絶を目指すものでなく、核拡散防止条約(NPT)を補完し、核保有国にその廃棄を説得してゆくことなども指針として示されました。
とはいえ、この核兵器禁止条約には核保有国だけでなく、NATO諸国や日本など米国の「核の傘」に入っている国々が一国も参加していません。その意味では、いくら条約の締約国が集まって行動計画を練っても、「絵に描いた餅」となりかねません。

つまりは宣言止まりで、実現性に乏しいということでしょうか?

核廃絶という一点に限れば、そう言わざるを得ません。2019年8月にINF全廃条約が失効してから、米露は再び中距離核戦力の増強に向っていますし、中国や北朝鮮も核兵器の拡充に力を注いでいるのは周知のとおりです。ロシアのウクライナ軍事侵攻は、改めて核抑止論を正当化させることになり、わが国でも米国との「核共有」が論じられ、スウェーデンやフィンランドも中立を捨て、NATOの「核同盟」に加わる道を選びました。そう考えると、むしろ核兵器は益々存在感を高めていると言えるでしょう。
しかしわたしは、ドイツ、ノルウェー、オランダ、ベルギーといったNATO加盟国や加盟申請中のスウェーデンとフィンランド、そしてAUKUSの一員であるオーストラリアが、オブザーバーとしてではあれ、会議に参加したことに大きな意義があると思っています。

どういうことですか?

現代の世界は二分化されつつあります。すなわち、以下のような二項対立です。

・〈民主主義体制〉VS.〈専制主義体制〉

・〈先進国〉VS.〈発展途上国〉

・〈現状維持勢力〉VS.〈現状打破勢力〉

・〈欧米+インド太平洋地域〉VS.〈ユーラシア(中露)+中東+中南米+アフリカ〉

この対立構図の左側に属する国々はほぼ重なり、右側の国々もだいたい重なっています。そしてこの左右の陣営が対立と反目を強めているのが昨今の国際情勢です。こうした対立の固定化は、新たな冷戦と世界のブロック化、そして国際的な断絶を招くだけです。この対立関係をどう緩和すべきか。その方途として、核兵器禁止条約が有効だと思われるのです。

それはなぜですか?

〈核兵器をもつ国〉VS.〈核兵器をもたない国〉の対立図式は、先程挙げた二項対立とは重ならないからです。むしろ逆に、新冷戦的な対立を崩し、より柔軟で弾力性のある国際関係をもたらす可能性を有しています。たとえば核をもっていないという点では、先進国と途上国は同等になれますし、その廃絶を目指す点では共闘できるわけです。
ドイツ、ノルウェー、オランダ、ベルギーのNATO加盟4ヶ国は、米国の核という拡大抑止の傘下にある以上、条約に調印するわけにはゆきません。その事情はわかります。ドイツが置かれている苦境は、TBSのニュースが伝えるとおりでしょう。

にもかかわらず、ドイツはオブザーバーとして参加し、その代表は今回の会議を「核軍縮外交において、間違いなく一つの主要イベントである」と位置づけ、8月に予定されているNPT再検討会議への「弾み」になると語ったのです(『朝日新聞』2022年6月23日付)。「核兵器なき世界」を求める国々(その多くが途上国で、専制主義的体制)との連帯の姿勢は明らかです。民主主義国が専制主義国をやたらに敵視しないことが、世界の安定にとって非常に大事だとわたしは考えています。それに比べ、やはり日本の立場は残念でした。

わが国からは広島市長や長崎市長が出席しましたが、政府代表はオブザーバー参加もしませんでしたね。

はい。参加を見送った理由として、松野博一官房長官は「現実を変えるためには核兵器国の協力が必要だが、核兵器国は一ヶ国も参加していない」からだと述べています。つまるところ米国を刺激したくなかったのでしょう。その代わり、岸田文雄首相は8月に米ニューヨークの国連本部で開かれるNPT再検討会議に、日本の首相として初めて参加する由です。唯一の戦争被爆国として、核保有国と非保有国の「橋渡し役」となりたい旨を表明しています。
さらには来年、広島でG7サミットを開くことも決まっていますが、あえて広島での開催を決めたということは、「核兵器なき世界」に向けて岸田首相は、何かしらのイニシアチブをとる決意なのだろうと推測します。日本は第1回核禁条約会議への不参加によって世界を失望させました。来月のNPT会議と来年のG7でどれだけ「名誉挽回」できるか注視したいと思います。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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