かわらじ先生の国際講座~「ノヴォロシア」の幻影

ロシア国防省は3月29日、キーウ、チェルニヒウ方面における軍事活動を大幅に縮小する旨を正式発表し、その後の進展をみるかぎりでは首都攻略を断念したようですが、他方で、キーウ近郊の町ブチャでの虐殺が明るみに出るなど、ロシア軍の残忍性はむしろ増しているように思われます。また、主戦場をウクライナ東部に定めたらしく、軍部隊をその周辺に集中させている様子が報じられています。ウクライナ高官は4月10日、今後2週間にわたりウクライナ東部で重大な戦闘が行われるだろうと警告しました。

 Yahoo!ニュース 
ウクライナ高官「今後2週間、東部で重大な戦闘」 露軍攻勢か(毎日新聞) - Yahoo...
https://news.yahoo.co.jp/articles/f045d9011f2f6741bebde5af7ba4a18ece00732d
 ロシアが侵攻を続けるウクライナのアレストビッチ大統領府長官顧問は10日、地元メディアの取材に、ウクライナ東部で「今後2週間にわたり戦争の次の段階の行方を決める重大な戦いが起こる」との見方を示した。

一体プーチン政権は何を目指しているのでしょう?

ロシア側も大きな痛手を被っていること、戦闘の早期終結を求めていることは、ロシアのペスコフ大統領報道官が4月7日、英国のテレビ局で述べています。一説には、5月9日までに何らかの幕引きをはかろうとしているとも言われています。この日は対ドイツ戦勝記念日ですので、ウクライナでの「特別軍事作戦」の成功と併せ、盛大な祝賀会を開催するつもりではないかとの見方があるのです。
しかし現状のままではロシア側の敗北は誰の目にも明らかです。ロシア政府としては、ウクライナ東部だけでも征服することが必須だと考えているのでしょう。プーチン大統領はかなり強硬な人物を新しい軍総司令官に任命した模様です。近々激しい戦いが行われる公算は高まっています。

ロシアは侵攻開始3日前の2月21日、ウクライナ東部の分離独立派が実効支配する自称「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を国家承認しました。かりにウクライナ政府がこの2つの「共和国」の独立を認めれば、ロシア側は矛を収めるのでしょうか?

いえ、問題はより複雑です。プーチン大統領の野心はもっと大きいからです。先の2「共和国」はそれぞれウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州の一部を占めているに過ぎません。少なくともプーチン氏はこの両州(通称ドンバス地域)をそっくり支配下に置くことを目指しており、できればこれに南部も加えたいと考えています。これは2014年のクリミア併合時からの悲願なのです。この東部と南部を合せた地域は歴史的に「ノヴォロシア」と呼ばれます。「ノヴォ」とはロシア語で「新しい」という意味です。プーチン氏はこの「ノヴォロシア(新ロシア)」の割譲をウクライナに迫るのではないか。そこまで行かないとロシア側は戦いの手を緩めないような予感がします。

なぜプーチン氏は「ノヴォロシア」にこだわるのですか?

2014年5月29日、プーチン大統領は国民の質問に電話で直接答えるテレビ番組のなかで、大略こう述べているのです。「肝心なことはウクライナ南東部のロシア人及びロシア語使用住民の法的権利と利益を保証することです。この地方を帝政時代の用語で呼ぶならノヴォロシアです。すなわち、ハリコフ、ルガンスク、ドネツク、ヘルソン、ニコラエフ、オデッサで、これらは帝政期にウクライナに属してはいませんでした。これらはすべて1920年代にソ連政府によってウクライナに組み込まれてしまったのです。われわれは彼らの権利を守らなくてはなりません。」

プーチン氏にとって「ノヴォロシア」はロシア領の一部なのです。
ところでロシアの通信社「リア・ノーボスチ」が伝えるところによれば、今年3月25日、クリミア議会のウラジーミル・コンスタンチノフ議長は、ウクライナ南東部は「ノヴォロシア」という新しい行政区に再編されることになるだろうとの見通しを述べています。つまり、2014年にロシアに併合されたクリミアと、ウクライナ東部のドンバス地域を一つに統合し、「ノヴォロシア」にするというのです。クリミア議会の一議長の判断で、このような構想が出て来るとは思えません。これはプーチン政権の意を体しての発言とみてよいでしょう。

そんな野望がこの戦争によって実現し得るのでしょうか?

もし実現すれば、ウクライナは首都キーウを維持できたにせよ、国土の三分の一を失うことになります。が、この一ヶ月半の戦闘をみるかぎり、とても現実化するとは思えません。ウクライナ東部と南部の要に位置するマリウポリを廃墟にしても、なおこの都市を陥落させることはできないのです。プーチン氏及び政権中枢部の人々は当初、「親露派」住民の歓迎を期待していたのでしょうが、そもそも「親露」など幻想であって、いくらロシア語を常用していても、彼らはれっきとしたウクライナ国民だということを悟るべきです。プーチン政権が今後も存続し得るとすれば、それが彼らにとっての教訓となるはずです。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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