かわらじ先生の国際講座~ウクライナ停戦協議の行方

2月24日にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始され、まもなく一ヶ月になります。戦況は膠着状態のまま、ロシア側が民間人への無差別爆撃や最新鋭兵器(極超音速ミサイル「キンジャール」)の投入に踏み切るなど、残忍性と攻撃性を強めています。停戦に向けての交渉も続けられているようですが、その進捗状況や妥結の見込みはどうなのでしょうか?

両国政府の代表団はオンラインによる停戦協議を行っていますが、いくつかの具体的な論点が明らかになりつつあります。3月16日、英紙『フィナンシャルタイムズ』が報じたところによれば、15項目にわたる暫定和平案が話し合われている由です。これについては今のところ「日テレNEWS」がわかり易い解説をしています。

また3月19日、トルコ紙『ヒュリエト』が同国のカルン大統領府報道官の話として伝えたところによれば、交渉のポイントは6項目あり、そのうちウクライナの中立化、非武装化、非ナチス化、ロシア語容認の4項目で歩み寄りがあったとのことです。

ロシア側は何か具体的なことを述べていますか?

3月16日、ロシアの通信社「タス」によれば、ラブロフ外相とメジンスキー大統領補佐官(停戦協議のロシア側責任者)が注目すべき発言をしています。
まずメジンスキー氏は、ウクライナ側が独自軍を保持した上で、スウェーデンやオーストリアのような中立国になるという提案をしてきたことを明らかにしました。この案については現在、両国の国防省内で検討されているとのことですが、メジンスキー氏は、ウクライナの中立化は1991年に同国が独立宣言した際に誓約したことであって、目新しい提案ではなく、ロシア側にとって肝心なのは、クリミアとドンバス地方の法的地位をウクライナが認めるかどうかだと、冷やかに述べています。
これに対しラブロフ外相は、もう少し軟化した言い方をしています。すなわちロシア側はウクライナがある程度の軍事力を保有することに同意するつもりであること、ウクライナの中立化とその安全の保障については合意に近づきつつことを表明しています。
このなかでわたしは、スウェーデンとオーストリアの名が出てきたことに大きな期待を抱いています。ロシア側がことさらこの2国の名を挙げたことは重要です。初めから問題外の提案であれば、言及すらしなかったはずだからです。ウクライナがNATOへの加盟を断念し中立化するといえば、ロシアに屈服したかのごとく速断する人もあるかと思いますが、本来中立国という選択は、外交的な敗北でなく、むしろ勝利なのです。欧州にはほかにもスイスやフィンランドという中立国がありますが(ただしフィンランドはEU加盟以後、自らの路線を中立ではなく「軍事的非同盟」と言い換えていますが)、この中立という立場は、小国が大国との戦いのなかで勝ち取った成果であり、大国の同盟国になるより名誉なことでもあるのです。
実際、ジュネーブ協定、ウィーン条約、ヘルシンキ宣言など、これら中立国の都市名を冠した国際的な取り決めが存在することをみても、中立国が国際社会から大きな信頼と期待を寄せられていることがわかります。未来のウクライナが中立国として世界の和解と協調を推進する国になってくれることを切に希望します。

しかし現在の情勢をみれば、それは理想論というべきでありませんか?

たしかに時機を失した感はあります。ロシアの侵略を許す前にゼレンスキー政権が中立宣言をしていれば、ひょっとすると運命は変ったかもしれません。ウクライナがNATO加盟へと舵を切ったことがロシアの軍事侵攻の動因となったわけですから。覆水盆に返らずというのが今の状況でしょう。

とはいえ、ロシア側が停戦の条件としてスウェーデンやオーストリアに言及すること自体、それに近い形での中立化の可能性はあるのではないのですか?

はい。それがウクライナの望み得る最大限の条件となるでしょう。しかし戦争になった以上、ロシア側の要求水準は跳ね上がっています。非情な言い方になりますが、ウクライナは中立国としての主権を得るために、国家の分割を受け入れざるを得ない立場に追い込まれているとわたしは見ています。少なくともクリミアのロシアへの併合、そしてルガンスクとドネツク両人民共和国の独立の承認を迫られています。しかし事はそれで済まなくなっています。ロシア側は両人民共和国を含む東部2州(ドンバス地方)に進軍していますから、そこをロシアの支配圏に置くことを求めるでしょう。それが実現できなければ、ロシアとしては戦争をしかけた意味がなく、もっといえば、ロシアの負けを認めることになります。ですから、プーチン政権はその点で決して妥協しないはずです。
ウクライナとしてはクリミアとドンバス地方を失うという代償の代わりに、中立国としての主権を維持するか、それともあらゆる犠牲をいとわず徹底抗戦するか、どちらかを選ぶほかなさそうに思えます。そしてゼレンスキー大統領は、後者を選ぼうとしているというのが現状です。

ですが、米国をはじめとするNATO諸国の武器援助によってウクライナは持ちこたえ、反撃に転じる可能性はありませんか?さらにはロシア軍内に厭戦気分が生まれ、国民の間に反戦気運が高まり、政権内部でも大統領に反旗を翻す勢力が台頭するシナリオも否定できないのではないでしょうか?

可能性として無くはありませんが、長年ロシア政治を考察してきた者としていえば、その蓋然性は乏しいでしょう。すでにロシアは世界への依存を断ち切る覚悟を決めましたし、反政権派への弾圧は徹底しています。ロシア国民は自らが追い込まれたという意識を共有すれば驚くほど結束し、どんな逆境にも耐えようとします。プーチン大統領は国内メディアを動員し、そのようなロシアの国民感情に訴えながら、最悪の戦争に備えようとしています。その戦争に引き込まれたらウクライナに勝ち目はありません。こんなことを言えば敗北主義のそしりを免れないかもしれませんが、今回はウクライナ側がどこかで引かない限り、国を失うことになるというのがわたしの見方です。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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