地球温暖化で北極圏の氷が急速に溶けているそうですね。それで北極海の利用価値が高まり、大国間で権益拡大をめぐる競争が激化していると聞きましたが本当ですか?
そのとおりです。気候変動により、北極圏の年平均気温は過去50年間で約3度上昇しました。この地域の温暖化は地球平均の3倍の速さで進んでいるそうです。
その結果、今まで不可能だった天然資源の採掘が可能になりました。北極圏には世界全体の未発見の天然ガスの30%、石油の13%が埋蔵しているといわれ、金、プラチナ、マンガン、ニッケルなどの資源も膨大に眠っているとのことです。また、従来は6ヶ月しか運行できなかった北極海航路が9~10ヶ月利用可能になっています。
そのため、こうした可能性を手に入れようと各国がしのぎを削っているのです。南極の領有権問題などについては1959年の南極条約で一応の解決をみたのですが、北極に関してはまだ国際的な取り決めやルールがないので、ロシア、米国、中国を中心に覇権争いがなされているのです。
そのなかで、北極圏全体のほぼ3割を自国領と見なしているロシアが主導権を握っていると考えていいでしょうか?
はい。ロシア軍は今年3月、北極圏で軍事訓練を行い、巨大な原子力潜水艦が氷を割って浮上する映像を公開しました。ロシア軍の存在感を世界に誇示したのでしょう。
ロシアは北極海航路の開拓にも力を入れています。これは北極海を通り、アジアと欧州を結ぶ航路です。従来、アジアと欧州を結ぶ航路としては、主としてスエズ運河を経由する南回り航路が用いられてきましたが、北極海航路を使えば、南回り航路の三分の二の距離で済みますし、輸送コストも大幅に削減できます。ロシアはこの北極海航路がもうじき通年利用できるようになるとし、物流の主要な国際ルートとして他国に売り込もうとしています。ただしこの航路はあくまでロシアが管理し、ここを通る外国船はロシアの砕氷船の先導を付けることなどを条件にしています。北極海航路と南回り航路の位置関係については、次の地図をご参照ください。
北極海航路に対しては中国が大きな関心を示しているそうですね。
そうです。中国は2018年の初頭、広域経済圏「一帯一路」構想に、この北極海航路を加えることを発表しました。これは「氷上のシルクロード」と呼ばれています。
しかし中国の関心は、輸送のための航路利用にとどまらず、天然資源の獲得や軍事的拠点の確保にもあるといわれています。すなわち、世界有数のレアアースの埋蔵量があるとされるデンマーク領グリーンランドにおける権益獲得を目指すとともに、北極海でロシア軍と共同歩調をとりながら、アメリカ軍を見据えた中国軍の拠点化を図っているとも推測されるのです。
アメリカもロシアや中国の動きを座視しているわけにはいきませんね。
当然のことながら、アメリカも様々な活動を展開しています。トランプ政権時には、中国が注目しているグリーンランドを米国が先に買収するという計画もあったようです(『朝日新聞』2019年8月30日付「池上彰の新聞ななめ読み」)。
米軍とNATO軍が、北極圏のロシア領域に隣接する地域で軍事力を増大させているともいいます(『日経新聞』2021年5月19日付)。
今年5月下旬にアイスランドで、アメリカやロシア、北欧諸国など8ヶ国が加盟する「北極評議会」の閣僚会議が開かれましたが、ブリンケン米国務長官は、北極圏における「法の支配」の必要性を強く訴えました。これがロシアを牽制しての発言であることはまちがいありません(『読売新聞』2021年5月21日付)。北極海の権益をめぐって米中露の権益争いはこれから過熱しそうです。
こうした情勢下で、日本は北極圏の問題にどうかかわっていけばいいのでしょう?
日本は中国や韓国などとともに、「北極評議会」のオブザーバー国となっています。今後、アメリカを後押しするかたちで、北極海利用の法整備化に向けて協力することになるでしょう。
北極圏は、日本にとっても重要な地域と認識されており、官民でロシアへの開発協力を行っています。ロシアが北極圏で計画している液化天然ガス(LNG)開発プロジェクトに、三井物産などがすでに4000億円の出資を決めています(『朝日新聞』2019年7月2日付)。最近では、ロシアのガス大手「ノバテク」が北極海で計画するLNG輸出プロジェクトに、日本からは三井住友銀行と国際協力銀行(JBIC)が2000億円規模の融資を行う方針を固めたとのことです(『毎日新聞』2021年7月30日付)。
北極海をめぐって米中、米露が対立するなかで、米国の同盟国である日本が独自の外交方針を貫くことはかなり困難ですが、この地域における日露協力は、わが国がもつ数少ない、そして貴重な対露外交のオプションだと思います。
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