かわらじ先生の国際講座~「台湾有事」の可能性

4月16日に発表された日米首脳共同声明では、52年ぶりに「台湾」問題が明記されました。また、5月6日に出されたG7外相会合の共同声明でも台湾情勢への言及がなされました。昨今、台湾をめぐり国際的な緊張が高まっているように見受けられます。こうしたなかで、たとえば4月21日付『日経新聞』は、「台湾有事、備えはあるか」という特集まで組んでいます。まず、この「台湾有事」とはどういうことでしょうか?

「有事」とは一般に、大規模な天災や人災など緊急の事態が起こることで、「平時」の対義語ですが、政治学では武力を伴う突発的事態、すなわち戦争や軍事衝突を指します。
したがって「台湾有事」とは、台湾をめぐる武力紛争ないし戦争のことです。中国が台湾に軍事侵攻する。それを阻止しようと米軍が介入し、米中が軍事衝突を引き起こす。米軍を支援するために出動した自衛隊もそれに巻き込まれる。こういった事態がわが国では想定されています。

本当にそのようなことが生じ得るのでしょうか?

米国は危機感を強めているようです。昨年12月、米議会の超党派諮問機関「米中経済安保再考委員会」は、2020年版の報告書をまとめましたが、それによれば、中国は手段を選ばずに台湾統一に動く可能性があるとして、台湾有事への強い警戒感を表明しました。
今年3月にはアメリカの上院公聴会で、インド太平洋軍のデービッドソン司令官が「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と証言しました。
同月、これにつづいてアキリーノ太平洋艦隊司令官(インド太平洋軍の時期司令官に就任予定)も公聴会で「中国軍による台湾侵攻は、大半の人が考えているよりはるかに近いだろう」と述べ、台湾に対する中国の軍事的脅威に警鐘を鳴らし、台湾は「軍事面で戦略的位置にあり、世界貿易の3分の2に影響を及ぼす可能性がある」と指摘しました。さらにインド太平洋軍は、中国抑止を目的として、今後6年間で273億ドルの予算要望書を議会に提出しました(『日経新聞』2021年3月26日付)。

米国の懸念にはそれなりの根拠があるのですか?

たしかに中国の東シナ海における不穏な活動は活発化しています。尖閣諸島の周辺海域では中国海警局の船が頻繁に航行しており、なかには機関砲のようなものを搭載した船もあるそうです。中国の戦闘機や爆撃機が、台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入するのも常態化しています。中国軍が昨年来、台湾海峡付近で軍事演習をしている事実も報告されています。ただし、このような中国側の動きをただちに台湾侵攻への準備だと見なすべきでないとわたしは考えます。

それはなぜですか?

第一に、昨今の「台湾有事」論議には、欧米や日本が意図的に作っていると疑われる面があるからです。先に引用した米国のアキリーノ司令官の発言を思い出して下さい。彼は軍人でありながら、台湾で事が起これば「世界貿易の3分の2に影響を及ぼす可能性がある」と証言しています。まるで財界を代弁しているような言い方なのです。台湾問題の本質は軍事というより、米中間の経済競争にあるのではないかと思われるのです。また、米インド太平洋軍が予算獲得のため、「台湾有事」を利用している一面もありそうです。
G7外相会合で台湾問題が取り上げられたことにも「裏」がありそうな気がします。

それはどういうことですか?

英国はEU脱退後、アジアへの関心を強め、TPPへ加盟する意思まで表明しています。また空母「クイーン・エリザベス」をアジア方面へ派遣するなど、軍事的なプレゼンス拡大も図っています。
実は英国だけでなく、ドイツやフランスもインド太平洋地域における権益の獲得をめざす動きを見せているのです。ドイツはフリゲート艦を日本へ送る検討を進めていますし、フランスもインド太平洋地域に積極的に艦艇を派遣するようになっています。何か帝国主義の時代を彷彿とさせますが、このように欧州諸国が経済と軍事の両面で、この地域への進出をめざしており、中国の脅威から台湾を守るということが、その正当化として用いられているふしがあるのです。
オーストラリアも中国の軍事的脅威を理由に、日米との連携を強めていますが、地理的な位置を考えれば、同国がそれほど深刻に中国の軍事力を恐れているとは思えません。オーストラリアにもまた独自の思惑がありそうです。
わが国の政府や国会内では、憲法改正手続きに関する動きが目立ってきましたが、「台湾有事」の可能性を改正の必要性と結びつけ、世論を誘導する意図がどこかにありはしないかとわたしは怪しんでいます。

ですが、中国の著しい軍備増強は厳然たる事実です。それを脅威と見なすのは当然ではありませんか?

その点は認めなくてはなりません。ただ、政治では「能力と意図」を区別することも大事です。能力の面では、中国の軍事力は台湾を凌駕し、侵攻も可能でしょう。しかし、今の中国にそれを本当に行う意図があるのかどうか。
この問題については、『AERA』2021年4月26日号に掲載されている田岡俊次氏(軍事ジャーナリスト)の記事「台湾有事は起きない。今のままが中台に有利」が参考になります。
この記事のデータによれば、「すみやかに独立」を望む台湾人は5%、現状維持を望む人は87.6%。また台湾の輸出先の44%が中国、対外投資も約60%が中国だそうです。つまり、中国と台湾は経済面で相互に利益を得ているわけで、中国としては台湾における独立要求が高まらない限り現状容認にメリットがあると考えられます。もし中国軍が軍事制圧などすれば、台湾の経済は大打撃を受け、中国の損失も小さくありません。また2400万人の台湾人を従わせ、統治する労力は並大抵のものではないでしょう。その困難さは香港の比ではありません。中国政府が数年以内にそのようなリスクを犯すでしょうか。
以上のことを勘案すれば、実のところ「台湾有事」の可能性はそれほど高くないという結論になります。われわれは為政者の言葉を鵜呑みにするのでなく、多方面からもっと冷静に判断したほうがいいように思います。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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