かわらじ先生の国際講座~気候変動サミットの成果と問題

4月22日と23日の2日間、米国主催の気候変動問題に関する首脳会談(以下、サミットと略称)がオンライン形式で開かれました。米国との関係が悪化している中国やロシアも含め、米国が呼びかけた40ヶ国・地域すべての首脳が参加し、地球温暖化対策の強化を約束しました。まずは成功と言っていいのでしょうか?

そうですね。特に主催国である米国にとって大きな成功と言えるでしょう。パリ協定を離脱してしまったトランプ前政権の方針を180度転換させ、気候変動など地球環境問題に関する主導権を取り戻したわけですから、世界のリーダー国としてのアメリカの存在感が改めて示されました。人権や安全保障面で対立する中国の習近平国家主席が出席したことも成功の一つです。分断ではなく連帯を呼びかけるバイデン大統領のリーダーシップが印象づけられた国際会議となりました。むろん中国にとってもメリットはあったはずです。「新冷戦」のなかで孤立を深めていただけに、国際社会の責務を果たす大国としてアピールできたことは重要でした。招待国のトップバッターとして演説した習主席は「招待に感謝する。気候変動について深い意見交換を行いたい」と切り出しましたが、この謝辞は本心だろうと思います。

今回、どのような成果が得られたのでしょうか?

2015年に採択されたパリ協定では、今世紀後半に世界全体で温室効果ガスの排出を実質ゼロにする約束がなされています。そしてすでに120ヶ国・地域が2050年までの「実質ゼロ」を掲げています。肝心なのはこれを単なるスローガンにしないことです。そのためパリ協定は各国に対し、とりあえず中間点である2030年時点での温室効果ガスの削減目標を提出することを義務づけており、たとえば日本の場合は、2013年度に比べ26%減らすとしていました。しかし、このままでは「手遅れになる」と危機感を募らせるバイデン大統領は、各国に削減のペースを加速化させることを求め、今回アメリカがその範を示したのです。

2030年の削減目標として、具体的にどのような数字が出されたのですか?

バイデン大統領は、2005年比50~52%削減という思い切った数字を打ち出しました。これはオバマ政権時代の数字のほぼ倍増です。わが国の菅首相は、2013年度比46%削減という方針を発表しました。従来の26%削減から大幅に引上げたのです。なおEUは1990年度比55%減という高い水準を掲げ、英国の場合は2035年までに1990年度比78%減を目標として出しています。これに対し中国は結局慎重姿勢を崩さず、「2030年までに二酸化炭素排出量を減少に転じさせ、2060年には実質ゼロにする」との目標を提示したにとどまりました。中国は世界最大の二酸化炭素排出国ですから(世界全体の28.4%を占めます)、その中国が具体的な数字を出さなかったという点では、今回のサミットの成果を手放しでは喜べません。

中国が具体的な数値を示さなかったのも問題ですが、各国の削減率も基準がばらばらで分かりづらいように思います。これはなぜですか?

一言でいえば政治的な事情です。つまりどの国も削減率が大きくなるよう、比較する年度としては各国で一番二酸化炭素を多く排出した年を基準としていいことにしたのです。ですから米国の場合は2005年度比、日本の場合は2013年度比、EUの場合は1990年度比といった具合になっているのです。それぞれの国が面目を保てるように配慮したということですね。

とはいえ、日本は46%減と大胆な数字を出しましたね。大丈夫でしょうか?

実は日本政府はこの数字の根拠や内訳を一切公表していません。欧米と足並みを揃えるために、菅首相が主導し、「密室」で急いで決めた目標だといわれています(『朝日新聞』2021年4月23日付)。
日本は2013年度から19年度までに6年をかけ、14%減らしてきました。サミットでの公約を実現するためには、これから9年間で、あと32%分減らす必要があります。二酸化炭素など温室効果ガスの排出量の約4割は電力部門が占めますから、ここにメスを入れない限り実現は無理でしょう。すなわち火力発電を大幅に縮小させ、太陽光発電や洋上風力発電といった再生可能エネルギーに切り替えていかなくてはなりません。しかし今のわが国の条件下では、再生可能エネルギーに変えた場合、電気代は2倍に跳ね上がるともいわれています。とても現実的とは思えません。
今後この問題の陣頭指揮をとることになると思われる小泉進次郎環境相が、先日テレビのインタビューに答え、以下のように述べていました。

46%という数字が「おぼろげながら浮かんできたんです」という彼の神がかった発言を聞き、わたしは唖然としました。大臣という責任ある立場の人間が、国民に具体的な手順や道筋も示さず、直感頼みの思いつきを得々と語っていることに危機感をおぼえた次第です。『読売新聞』4月24日付「社説」は、「30年度まで、あと9年しかない。水素利用やCO2の回収・貯蓄といった技術革新は、あてにしにくい。CO2を出さない原子力の活用が有力な選択肢となろう。政府は、安全性が確認された原発の再稼働を強く後押しすべきだ」と明言しています。おそらく政府の策の落しどころもその辺なのでしょう。しかし政府が進める「カーボンニュートラルに向けた取組み」の行き着く先が原発依存社会だとすれば、気候変動とはまた別の悪夢が始まりはしないかと危ぶみます。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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