前回のインタビューの続きです。
彩
障害者施設を全く知らない人は、具体的にどんな仕事をしているか、わからないこともあると思うので。
瑞穂
内職は、タコ糸やしつけ糸を巻く糸巻き台紙を上の枠から外して数える仕事です。それを今は機械でできるんだけれども、わざわざ残してくれている。会社との30年以上のお付き合いの中で残してくださっている。
清掃は、市営団地の清掃とJRのゴミの分別、近江神宮の掃除。近江神宮は森だし、常に枯葉が落ちているし、枝が落ちてくるし、台風が来たら木が倒れる。むっちゃ重い石も転がってたりする。
食品加工は、クッキー、ケーキ、マーマレードジャム、お味噌、製麺、スープなどを作っている。
彩
すごい幅広い仕事をしている。
瑞穂
そうなんです。いろいろしてることが他の仕事に転用できるような形を作っていきたい。夏ミカンを収穫しているので、ゆずの収穫だってできる。そんなふうに。クッキー生地を丸められるなら、他に丸める仕事もできる。一人一人の技術を、形や場所が変わっても同じような作業ならできるようにしていたら仕事の幅が増えて、季節によっていろんな仕事ができたりする。
彩
障害者施設って、実は何でもできる。どんな仕事もできる。
瑞穂
これやったらできますよというのを作っていきたい。版画の仕事は、今回は40周年で大津絵をモチーフにした版画でカレンダーを作っている。伝承されるものを継ぐ人がいなくなっている、それならその継ぎ手に障害のある人の力を使ってくれたら、担い手になれたらいいかなという意味合いもある。
彩
障害者施設は、ここはケーキ屋さんだからケーキを作る人集まってください、だけではなくていろんな人が色んな得意や不得意を持って集まってくる。だからいろんな人がハマる要素を持っていないと…、ということは結果として幅広い仕事になっているのか。
瑞穂
たぶん今の主流は二通りある。例えば、オモヤさんのように農業1本でいく。でも農業はものすごく作業分解できるので、障害のある人がどこかにかかわれる。瑞穂は…、たぶん、瑞穂ほど多岐にわたってやっているところはそんなにないかもしれないけど、新しい障害のある人が入ってきた時に、何かできることがあったらいいよね、といろんなメニューを用意する。
今はずいぶん、何の仕事をする施設というのが、障害者施設でもはっきりしてきて、利用者は選びやすくなっている。
歴史的に言えば、何をするためというより、とりあえず、障害のある人が集まってきて何かしよう、から始まっている。仕事に人を合わすんじゃなくて、この人にできる仕事は何だろう、と仕事を作ってきたから、歴史のあるところはいろんな仕事があるかな。
彩
仕事を通して、障害のある方は、どんな変化をされますか?
瑞穂
ここ数年は瑞穂で働いた後、一般就労する人が増えてきて、みんなそれは刺激になっている。卒業していく人に色紙を書くときも「就職おめでとう!」「頑張ってください!」と書いたりする。「自分たちも就職できるんだ。」ということが希望にもなっているし、自分のやっている作業も「もう一つステップが上のことをしてみたい」とか、今まで一つの作業しかしてこなかった人が「違う作業もしてみたい」とか言って来られたりして、自分から意欲が出てくるのが変化かな。そして就職した人も、ボランティアとして作業しにまた瑞穂に遊びに来たり、行事に来たりして、そこでみんなワーッと盛り上がって、ぐっと全体が盛り上がるというか。
彩
瑞穂で働いて得た工賃、一般就労して得た賃金、みんなどんなふうに使われてますか?
瑞穂
お給料が出たらこれを買うと決めてる人、家族がお金の勉強のために買い物を一緒にする人、パーっと使ってしまう人…。就職した人は、瑞穂にいたころより急にお給料が増える。「何に使うの?」と聞いても、「いやあ…」と、あまりピンと来ていない人もいる。これからなのかなと思う。最近やっと梅田のカフェに遊びに行ったというような話を聞くようになった。でも…、やっぱり貯めている人が多い気がする。貯めて何に使うのかな。滋賀県の人は堅実だからためてしまうイメージがある。いいことだと思うけど…。
彩
そういう意味では、お金だけじゃない働く価値を持っている。唐辛子の作業はどうでしたか?
瑞穂
最初は目が痛くて大変だったりしましたが、だんだん慣れてきてみんなうまくできるようになってきました。食品加工の班は7人いるのですが全員何らかの形でかかわれるように工夫してやっています。