かわらじ先生の国際講座~東京五輪・パラリンピックの行方

昨年12月にNHKが行った世論調査によれば、東京オリンピック・パラリンピックを2021年に「開催すべき」だと答えた人は27パーセント。それに対し「中止すべき」が32%、「さらに延期すべき」が31%だそうです。つまり国民の3分の2が、少なくとも今年の開催を断念すべしと思っていることになります。

1都3県に緊急事態宣言が発出され、関西や東海などでも同様の措置がとられようとしている現在、開催に否定的な世論はますます強まっているでしょう。
ところが政府や大会組織委員会(森喜朗会長)は、断固として開催する立場を貫いています。この自信もしくは決意の固さの根拠は何なのでしょうか?

菅首相による1月1日付の「年頭所感」には、「今年の夏、世界の団結の象徴となる東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催いたします。安全・安心な大会を実現すべく、しっかりと準備を進めてまいります」と明記されています。
首相は1月4日に行われた年頭記者会見でも「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたいと思います。感染対策を万全なものとし、世界中に希望と勇気をお届けするこの大会を実現するとの決意のもと、準備を進めてまいります」と述べています。
1月8日、テレビ朝日の報道ステーションに出演した菅首相は、五輪・パラリンピック開催について改めて問われましたが、感染者数が下降に向かい、さらにワクチンが普及すれば、開催に向けて国民の意識も変わるだろうとの認識を示しました。

五輪・パラリンピックは日本一国で行うのではありませんから、世界各国の反応も気になるところです。他国はどのように見ているのでしょう?

ご存じのとおりアメリカや欧州における感染拡大の勢いは日本の比ではありませんから、そのようなことに関心を向ける余裕がないのが実情で、ほとんど話題にすらならないといっていいでしょう。
菅首相は五輪・パラリンピック開催を「世界の団結の象徴」「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」「世界中に希望と勇気を」届けるものと表現しました。しかしここには誇張があるように感じます。

どうしてですか?

そもそも日本ほどオリンピックに熱中する国は決して多数派ではありません。むしろ世界の大半の国はオリンピックよりサッカーのワールドカップのほうがはるかに盛り上がるそうです。先のリオデジャネイロオリンピックの時期、ロシア・ハバロフスク在住の知人とスカイプで話したら、ロシア人選手がメダルをとったことなどろくに知らなくて驚いたことがあります。ロシアではテレビで競技などあまり放送しないし、市民もそんなに関心がないのだそうです。まあドーピング問題でロシア選手の参加にケチがついたこともありますが・・・。ところで各国のメダル獲得数を知っていますか?

上位国ならだいたいわかりますが・・・。

次の表は2016年リオ五輪の国別メダル獲得ランキングです。

1個でもメダルを取った国・地域は87。現在の国連加盟国は193ヵ国ですから、メダルがゼロの国は100以上あることになります。1個か2個という国が31ヵ国。つまりこれら131ヵ国は、特定の競技に注目することはあっても、オリンピック全般にはほとんど無関心でしょう。テレビで放映されることすらないかもしれません。五輪・パラリンピックが世界中を沸かせたり、人類を鼓舞したりすることはないのです。

とすれば、日本政府はなぜこれほど五輪・パラリンピック開催にこだわるのですか?

現実的事情があると考えるほかありません。第一に、「桜を見る会」問題や後手後手のコロナ対策で、政府与党の信用は落ちてしまいました。民心獲得のために打てる手といえば、東京五輪の成功によるムードの一新くらいしかないでしょう。秋までに衆議院選挙を行わなくてはなりませんし。
第二に、いわゆるオリンピック利権です。昨年12月22日、大会組織委員会と東京都は、五輪・パラリンピック開催経費の総額を1兆6440億円とする予算計画第5版を公表しました。これは延期前の開催経費1兆3500億円に追加経費やコロナ対策費計2940億円加えたもので、これにより東京五輪・パラリンピックはオリンピック史上最大の経費をかけた大会になる見込みです。ところでこれだけの経費が使われるということは、当然、それを受け取る者(組織)が存在することを意味します。そこに利権が生まれます。東京五輪・パラリンピックのマーケティング専任代理店に選ばれた「電通」が巨大な利権を貪っているなどといった記事もあります(『週刊ポスト』2020年7月3日号)。

わたし自身詳しく論じる用意がありませんが、こうした利権が回り回って政治に流れ込む仕組みは日本に限ったことでなく、たとえばジュールズ・ボイコフ、中島由華訳『オリンピック秘史―120年の覇権と利権』(早川書房、2018年)といった本も出ています。
そして第三に、ひとたび行うと決定して動き出した巨大な組織の慣性力に対してブレーキをかけるのは至難だということです。しまいには竹槍戦術で勝とうとしたわが国の大戦末期をつい想起してしまいますが、為政者には政治的な「自己破産」になりかねない政策転換を行うことが非常に難しいということなのでしょう。

かりにワクチンが普及しても、その本当の効果は未知数ですし、第一これは予防薬であって治療薬ではありませんから、過大な期待は禁物だと思います。それに世界を見渡せば、出場選手を決めるための予選大会すら開けない国も多いとか。出場選手のコンデションも心配です。その他、マイナスの要因ならいくつも挙げられそうですが、開催のための好材料がなかなか思いつきません。
1月8日の閣議後、橋本聖子五輪相は記者会見で、国民のあいだに「開催できるのか不安の声が増していると受け止めている。政府として理解を求め共有する形で開催の意義、価値を見出だしていくことが重要だ」と述べましたが、精神論のようにしか聞こえません。結局のところ、どうなるのでしょう?

聖火リレーのスタート予定日が3月25日ですから、国民が期待感を高めてこの日を迎えられるか否か。そこが大きな分岐点になるように思います。ただ政府は、たとえ国民が望まなくても、そして無観客という形でも大会を行う構えのようですから、結局アメリカをはじめとする諸外国が選手団を送る意思があるかどうかが決め手となるのでしょう。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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