大晦日に英国がEUを完全離脱したと報じられましたが、この「完全離脱」とはどういう意味ですか?
簡単にその経緯を述べますと、2016年6月、英国は国民投票の結果、EUからの離脱を決定しました。英国の(British)の退出(exit)ということで「ブレグジット」(Brexit)などと言われました。その後、英国とEUのあいだで離脱条件をめぐり長い交渉が行われ、2019年1月末、正式に離脱が成立しました。しかし急な離脱は双方にとっていろいろな障害や混乱を招きかねないため、11ヶ月間は「移行期」とし、その間は英国をEU加盟国と同等に扱うことにして、さらに離脱をめぐる諸懸案を話し合ってきたわけです。とりあえずその作業が年末に完了したため、英国は名実ともにEUを離脱ということです。
では今後、英国はEUとの円滑な関係を保てるとみてよいのですか?
そのへんはまだ何とも言えない部分があります。昨年末に自由貿易協定などの交渉が妥結し、関税ゼロが維持されることになりました。しかしこれからは煩瑣な通関手続きが必要となり、物流に支障をきたすことも考えられます。人の移動にも制限がかけられ、EU圏の人間も他の国民と同様、入国審査が厳しくなります。英国への留学も難しくなりそうです。英国の海域におけるEU諸国の漁業権についても、段階的に制約が課せられてゆくことになります。EUからの離脱により英国のGDPは4%下がると推測する向きもあります。また離脱反対の住民が多いスコットランドでは英国からの独立運動が強まるとの見方もあります。英国にとっても離脱による不利益がどのくらい出るか未知数といえます。
そのようなリスクがあるにもかかわらず、なぜ英国はEU離脱を選んだのですか?
そもそもEUに加盟するメリットとは何でしょう。1国よりもはるかに大きな市場で自由に経済活動ができること、そして1国では非力でもEUという単位であれば国際場裡で大きな発言権や存在感が得られることです。ただしその代価として、EU加盟国は個々の国家主権を制限され、EU全体の利益に従わなくてはなりません。英国はこの国家主権の制限をきらったのです。特に移民や難民の受入れを拒みたくても、EUの一員である限り拒むことができないという不満が国民のEU離脱要求に拍車をかけました。さらに英国は世界有数の経済大国ですから、単独でも十分に市場を開拓できるという自信もあります。かつての大英帝国への郷愁もあるのかもしれません。ジョンソン政権は「グローバル・ブリテン」構想を掲げ、英国のグローバルな活動を目指しています。
具体的にはどのような活動でしょうか?
たとえば貿易面では、欧米のみならずアジア諸国との連携を強めようとしています。今年、TPPへの加盟も申請する予定だと伝えられています。また「英連邦(Commonwealth of Nations)」諸国との関係強化にも力を入れています。「英連邦」とは旧大英帝国の植民地を中心に構成される53ヶ国・地域のことで、人口は24億人に上ります。この「英連邦」への貿易拡大に英国政府は大きな期待をかけているのです。
安全保障面でもアジア太平洋諸国との結びつきを強めています。2017年8月、メイ首相(当時)が訪日し、「安全保障協力に関する日英共同宣言」を発表しました。日本外務省の公報によれば、両国は「自由で開かれたインド太平洋の確保のための協力を含め,共同訓練,防衛装備品・技術協力,途上国の能力構築支援,テロ対策,サイバー等の分野で具体的協力を引き続き推進することを確認」した由です。
かつての日英同盟の復活のようですね。
英海軍は最新鋭空⺟を極東に常駐する計画を進めていると言われていますし、アジア太平洋での日米合同軍事演習に参加する可能性も取り沙汰されています。日英両国の軍事協力は今後進展してゆくことが予想されますが、これが「同盟」にまでなるかどうかは疑問ですね。
なぜですか?
「同盟」は仮想敵国の存在を前提に存在する概念ですが、日英にとって仮想敵国はどこかが問題です。日本側からすれば、軍事的プレゼンスの伸張が著しい中国ということになりますが、英国は中国との貿易を拡大させていますし、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも、アメリカの意に反して加入しました。中国政府の香港弾圧に対しては旧宗主国として反発していますが、だからといって対中包囲網に加わることは英国の外交の手足を縛ることになります。英国は主権国家として、行動の自由を得るためにEUを離脱したのですから、中国との関係も独自路線をとるのではないかとわたしは見ています。その点では、中国の「一帯一路」と日米主導の「インド太平洋」構想の両方に参加しているインドと似ていますね。将来的には「日英同盟」より、むしろ英国とインドの連携が意外に大きな意味をもつようになるかもしれません。
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