かわらじ先生の国際講座~国を閉ざした北朝鮮

世界保健機関(WHO)の報告によれば、北朝鮮における新型コロナウイルス感染者は現在に至るも0名とか。そんなことがあるのでしょうか?

WHOは各国の感染者数を逐次発表しています。

その一覧表をみると、上からアメリカ、インド、ブラジル、ロシアという具合に多い順に国名が連なっていますが、一番下のほうまで行きますと、12月20日現在、0名の国・地域が15あります。そのうち、それなりの人口をもつ国家はトルクメニスタンと北朝鮮。いずれも独裁国です。この統計数字はあくまでも自己申告ですから、国によっては額面通り受け取れないものもあるでしょうね。

慎重な物言いですが、北朝鮮の場合は明らかに虚偽報告なのではありませんか?

常識に考えて「0」はあり得ないと思います。実際、北朝鮮でも相当感染が拡大しているというニュースは、ネットにいくつも上がっています。たとえば北朝鮮軍の兵士だけでもすでに4000人以上がコロナで死亡したとの情報もあります。

ただ、これらは内部からのリークであったり、情報筋が曖昧であったりと、どの程度信用していいのかという問題もあります。政治目的のため数字が誇張されている可能性も否定できないわけです。しかし北朝鮮が新型コロナウイルスに対し、早くから非常な危機感をもっていたのはたしかです。

具体的にはどのような点でそう言えるのでしょうか?

今年1月、中国の武漢で新型コロナの感染拡大が報じられると、北朝鮮は同月末、ただちに中国との国境を封鎖してしまいました。その後段階的に緩和し、中国との物流がやや復活したものの、秋以降は再び封鎖を強化しています。中国税関総署によると、9月の中朝貿易は前年同月比91%減とのことです(『日経新聞』2020年11月6日)。つまり北朝鮮と中国の貿易額はコロナ以前の1割ほどに減ってしまったということです。金正恩政権はもともと中国依存からの脱却を目指してきましたので、うがった見方をすれば、コロナを口実に一気にそれを実現したとも言えそうです。
金正恩委員長は2月27日、党中央委政治局拡大会議でのスピーチで、北朝鮮の防疫体制が完全に立ち後れていること、国民にはマスクや消毒液や体温計すら満足に行き渡らないことなどを率直に述べた由です。そのため国民は、ちょっと風邪の兆候が出ただけでも隔離され、家族や近隣住民も3週間前後の外出禁止が命じられることとなりました。外国勢力が故意にコロナウイルスを持ち込むことを恐れ、5月23日には「敵側地域から入ってきた物質やビラ、汚物には手をつけず、徹底的に回収・消毒し、焼却せよ」との指示が金正恩氏から出されました(『朝日新聞』2020年10月30日)。海水を通じてコロナが流入することを恐れ、沿岸での漁業や塩の生産も禁じられました(『毎日新聞』2020年11月29日)。そのせいで日本へ漂着する北朝鮮の船などが今年は激減したといいます。

韓国の国家情報院によれば、北朝鮮では新型コロナ対策を怠った幹部を罰するための「コロナ怠慢罪」まで新設され、最高刑は死刑とか。すでに大量の税務職員が韓国からの物資を搬入した廉で処分されたとのことです(『読売新聞』2020年11月4日)。
北朝鮮に駐留する外国人に対してもいろいろな措置がとられ、多くの外交官や国連などの人道支援関係者が出国を余儀なくされています。また、平壌駐在の外交官に対し、新型コロナウイルス感染拡大防止を目的に「超特級の非常防疫措置」を通達し、雪遊びも慎むよう求めたそうです(『読売新聞』2020年12月9日夕刊)。

それだけ徹底して行えば、たしかに爆発的な感染拡大は防げそうですが、その代償もまた大きいのではありませんか?

はい。特に経済的な打撃は極めて深刻です。今の北朝鮮は「三重苦」に喘いでいます。第一は、核・ミサイル開発に対する国連の経済制裁。第二は8月と9月に集中した大雨や台風などの自然災害。農耕地の被害は甚大で、食糧難を招いているといわれます。そして第三はコロナ対策に伴う経済活動の縮小ないしはストップ。これらのせいで国民生活は逼迫し、金正恩政権への信頼が揺らぎかねない事態に至っています。たぶんこのことが背景にあるのでしょう。10月10日未明、朝鮮労働党創建75周年を祝う式典で、金正恩委員長は国民に向け、かなり驚くべき内容の演説を行いました。

何を語ったのですか?

スピーチの全文とその動画は以下のサイトをご覧下さい。

この演説でまず驚くのは、国民への感謝の言葉がとても多いことです。それもかなり丁重な言葉遣いで述べているのです。「今日この席に立てば何から話そうかとあれこれと考えてみましたが、真に人民に打ち明けたい心のうち、真情は『ありがとうございます!』の一言につきます。」「一人の悪性ウイルス被害者もなく、みなが健康であってくれて本当にありがとうございます」といった具合に何度も何度も感謝の言葉が出てくるのです。
そして、謝罪の言葉です。「天のようで海のようなわが人民のあまりにも厚い信頼を受けるだけで、ただの一度も満足に応えることができず、本当に面目ありません。」「私は、全人民の信頼を得て、金日成同志と金正日同志の偉業を継承して、この国を導いていく重責を担っていますが、まだ努力と真心が足りず、わが人民は生活上の困難を脱することができずにいます。」金正恩氏がここまで率直に自己批判したことは今までなかったように思います。
さらに驚くべきは、このスピーチを読み上げながら、声がしばしば涙声になり、実際眼鏡を外し、涙を拭うような仕草までしたのです。本心なのか、演出もあるのか。いずれにせよ、国民には相当インパクトを与えたはずです。

北朝鮮は変わるのでしょうか?

難しい問いです。はっきりしているのは、この1年間で北朝鮮は一層「鎖国化」し、「自力更生」路線を進めたということでしょう。奇しくも、他の諸外国も現在、北朝鮮と同じ政策をとっているのです。パンデミックを収束させるためには、たしかに国境を遮断することが有効なのでしょう。やや皮肉な言い方をすれば、今は世界が「北朝鮮化」しつつあります。但し、いずれ新型コロナ禍が収まれば、世界の貿易も活性化し、ヒト・モノ・カネの動きも再開するでしょう。しかし、北朝鮮が自力でこの国難を乗り越えた場合、金正恩政権は世界との融和を求めるかどうか。アメリカでバイデン政権が発足すれば、トランプ大統領のように首脳外交を展開するとは限りません。とすれば、米朝関係も厳しくなる可能性があります。
来年1月、北朝鮮では5年ぶりに党大会を開くことが決まっています。その場で金正恩氏がいかなるメッセージを自国民と世界に向けて発するのか、注目しましょう。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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