かわらじ先生の国際講座~WFPにノーベル平和賞

今年のノーベル平和賞が国連世界食糧計画(WFP)に授与されることになりました。どのような点が評価されたのでしょうか?

A:WFP(World Food Programme)は食糧支援活動を展開する国連機関で、世界最大の人道支援機関でもあります。選考委員会は授賞理由として「国際的な連帯と多国間協調の必要性がかつてないほど求められている」なかで、WFPが「飢餓との闘いに努め、紛争の影響下にある地域で和平のための状況改善に向けて貢献し、戦争や紛争の武器として飢餓が利用されることを防ぐための推進力の役割を果たした」と評価しました。さらに、新型コロナウイルス禍によって飢餓に苦しむ人々が急増していると指摘し、「ワクチンができる日まで、食糧こそが混沌に立ち向かう最も良いワクチンだ』とのメッセージを発しました。この授賞理由のなかで、特に「国際的な連帯と多国間協調の必要性」という文言が重要だと思います。

なぜでしょう?

今日の世界では自国の利益を優先する風潮が強まり、国際的な団結や連携が軽視されがちだからです。ノーベル平和賞受賞の有力候補と目されていたWHOの場合も、あまりに中国寄りだとの批判からアメリカのトランプ政権が離脱を表明しました。現在、各国で新型コロナに対するワクチンの開発が進められていますが、これも「ワクチン開発競争」、さらには「ワクチン争奪戦」へとエスカレートしかねない情勢で、結局置き去りにされるのは飢餓や紛争に苦しむ途上国です。
国際政治をみても、中国の著しい勢力拡張をどう抑えるかが中心課題となり、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」構想にしても、実際には「対中国封じ込め戦略」にほかなりません。世界は対立とブロック化の様相を呈しつつあります。こうした情勢下では、最も脆弱な地域にしわ寄せが行き、新たな飢餓や貧困を招くという悪循環に陥らざるを得ません。国益を第一とする国家に任せておくかぎり、この悪循環を断ち切ることは難しいでしょう。だからこそWFPのような国際機関が重要なのです。

WFPとはどのような機関なのかもう少し詳しく説明してもらえますか?

次の公式ウェブサイトをご覧下さい。具体的な活動内容を知ることができます。

かいつまんで説明しますと、飢餓のない世界を目指して1961年に設立された国連の機関です。本部はイタリアのローマに置かれ、職員の数は約1万7000人ですが、その9割は支援対象地域(80ヶ国以上)に赴き、場合によっては命の危険にさらされながら活動しています。日本人職員も46名いるそうです。活動資金は各国からの任意拠出金や、民間企業、社会団体、個人などによる寄付によって賄われ、2019年には約80億ドル(8470億円ほど)の資金を集めた由です。近年は内戦が続くシリアやイエメン、また、ミャンマーで難民化した少数民族ロヒンギャなどへの食糧支援活動が行われています。
WFPは独自に5600台のトラック、30隻の船、100機近い飛行機を保有し、食糧にとどまらず、医療機器や医療従事者の輸送なども行っているとのことで、新型コロナ禍により各国の輸送がストップしている間も、自らの運搬手段で必要物資の補給を続けてきました。国際輸送の「プロ集団」として、緊急事態時にも頼りになる存在なのです。

たしかにノーベル平和賞に価する活躍です。この受賞によってWFPはますます注目されそうですね。

はい。ただし楽観はできません。WFPによれば、世界では9人に1人にあたる8億人以上が飢餓に苦しんでおり、紛争の増大によりその数は増える一方です。2015年以来内戦が続いているイエメンだけでも、人口2900万人のうち約1000万人が飢餓の危機にさらされています。先にも述べたように、WFPは80ヶ国以上で、約1億人に食糧を供給していますが、パンデミックの影響もあって、この支援対象国だけでも2億6500万人が食糧不足に陥る見込みです。このままでは焼け石に水ということになりかねません。WFPがいくら頑張っても、自ずと限界があります。飢餓を招いている根本原因に対処しないかぎり光明は見出せないでしょう。

根本原因とは第一に地域紛争でしょうか。それに地球環境の変動も食糧危機の一因になっているとか。新型コロナウイルスの感染拡大が拍車をかけたように思われます。

そのとおりです。ですから国際的な取り込みが不可欠です。自国優先の主権国家に任せて解決できる問題ではありません。WFPなど様々な国際機関、APEC、ASEAN、EUといった国際地域機構、さらには市民社会組織や多国籍企業などの「脱国家的主体」の連携が益々重要性を増しています。スタンリー・ホフマンという国際政治学者が『国境を越える義務(Duties beyond Borders)』と題する著書を書いていますが(1985年に三省堂から邦訳が出ました)、われわれ個々人もまた「国境を越える義務」がありはしないか。そんなことを考えています。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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