かわらじ先生の国際講座~ナゴルノ・カラバフ紛争とは?

この2週間ほど、「ナゴルノ・カラバフ自治州」と呼ばれる地域が注目を集めています。9月27日、同自治州をめぐってアゼルバイジャン軍とアルメニア軍が激しく衝突し、すでに300人を超える死者が出ているとか。そのなかには民間人も含まれているそうです。負傷者はこの数倍に達するでしょう。
10月10日、ロシアのプーチン大統領が仲介役となり、両国の外相をモスクワに招いて10時間以上に及ぶ協議を行った結果、停戦に関する合意に漕ぎつけたとのことですが、まだ現地では戦いが続いているようです。一体何が原因で紛争が起こったのですか?

ナゴルノ・カラバフの地図と略史については、ウィキペディアをご覧下さい。

また現在の紛争が、戦争と言ってもよい本格的な軍事衝突であることは、「BBC NEWS」(日本語版)の映像を見るとよくわかります。

ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン国内の西部にある自治州で、面積は東京都の2倍ほど、人口は約15万人です。自治州とされたのは、人口の9割がアルメニア系住民だからです。
ところでアゼルバイジャンの隣国はアルメニアです。両国とも1991年までは旧ソ連を構成する共和国でしたが、アルメニアはソ連時代から、同胞が暮らすナゴルノ・カラバフの編入をずっと求めてきました。しかしソ連政府が強固なときは、そのような民族的要求は抑えられていたのです。ところがゴルバチョフ政権が弱体化すると、ナゴルノ・カラバフでは独立運動が強まり、その支配権をめぐってアゼルバイジャンとアルメニアが衝突するようになります。ソ連が崩壊する91年にはナゴルノ・カラバフが一方的に独立を宣言するなど混乱を極め、3万人以上の犠牲者が出たと言われます。
ようやく94年に停戦が成立しましたが、ナゴルノ・カラバフは諸外国から独立の承認が得られず、名目上は自治州としてアゼルバイジャン領内にとどまりました。しかし同自治州は、領土を広げてアルメニアと接続し、アルメニアが実効支配する地域となっています。非常にあやふやな状態に置かれているわけです。ですからたびたび紛争が起こり、2016年には、アゼルバイジャンとアルメニアの間で100名以上の死者を出す大規模な交戦がありました。しかし今回は、1994年以来最大の紛争となってしまいました。

なぜナゴルノ・カラバフは、こんなふうに帰属が曖昧なままなのですか?

第一に、諸外国の利害が複雑に絡み合っているためです。まずロシアは、アルメニアと軍事同盟を結んでおり、同国にロシア軍を駐留させています。アルメニアに万が一のことがあれば、ロシアは軍事支援する義務があります。ところが近年、ロシアはアゼルバイジャンとの関係も修復し、武器輸出までしています。つまりロシアはどちらか一方に加担するわけにはいかないのです。
トルコも大きくかかわっています。トルコはアゼルバイジャンと民族的に近いため緊密な関係にあり、今回の紛争でもシリアから傭兵を送り込んだと言われています。アルメニアはトルコを厳しく非難しているものの、その介入を恐れ、思い切った行動はとれずにいます。
EU諸国も現状を変えたくないのです。アゼルバイジャンは石油や天然ガスなどの資源輸出国ですが、EUとしてはロシアへの依存度を下げるべく、カスピ海を横断するパイプラインによってアゼルバイジャンから資源を調達する計画を進めています。ナゴルノ・カラバフ自治州がアルメニア領になると、この計画が頓挫してしまうわけです。ですから同自治州はあくまでアゼルバイジャンにとどめておきたいというのが本音です。
さらには当事国であるアゼルバイジャンとアルメニアも、実のところ、ナゴルノ・カラバフ問題をうまく内政に利用している面があります。

それはどういうことですか?

アゼルバイジャンは石油価格の低迷などもあって、国内経済が悪化しています。また、経済的にロシアへの依存度が高いアルメニアも、ロシアの停滞に連動して国内の経済事情がよくありません。特に新型コロナウイルス禍が両国に与えた影響は大きいものと思われます。そこで国民の内政に対する不満のはけ口として、両国の為政者はナゴルノ・カラバフ問題を利用し、ことさら相手国への批判を強めているように見受けられるのです。

何やらとても根の深い問題のようですね。となると、簡単な解決策はないということでしょうか?

はい。他の領土問題と同様、曖昧な状態はこの先も続いて行きそうです。どちらかが下手に軍事強硬策をとれば、国際紛争に発展しかねない危うさもはらんでいます。ですからいかに血を流さず、双方がこの曖昧さを保てるかがカギとなります。そのためには国際社会も、より本格的な国際監視団を置くなど、打つ手はあるはずです。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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