かわらじ先生の国際講座~沖縄と自衛隊

近年、わが国の防衛政策において「南西諸島防衛の強化」という表現がよく見られるようになりましたが、これは中国の海洋進出を牽制するための自衛隊配備計画と解してよいですか?

そのとおりです。2010年、尖閣諸島付近で中国の漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりする事件がありましたが、その頃から中国公船が尖閣近海に出没し、中国艦艇も沖縄本島と宮古島間の「宮古海峡」での航海を常態化させるようになりました。2012年に日本政府が尖閣諸島を国有化すると、それに反発して中国側の海上活動は一段と活発化しました。翌13年、日本政府は防衛大綱を閣議決定しますが、そのなかで「南西地域の防衛態勢の強化、防衛力整備を優先する」ことが明記されました。

日本政府による尖閣国有化が緊張を招いたということでしょうか?

それが中国の神経を逆なでしたのは確かですが、その行動はもっと長期的な展望を視野に収めたものと思われます。「一帯一路」とも連動するのですが、南シナ海や東シナ海への自由なアクセスを確保し、さらには太平洋に進出して、アメリカに取って代わり海洋覇権を確立しようとの意図が窺われるのです。

つまり尖閣諸島の領有権を得ることだけが目的ではないということですか?

はい。ですから政府が進める「南西諸島防衛の強化」策も、単に離島を守るという「点」の防衛ではなく、九州から奄美大島、沖縄本島、宮古島、尖閣諸島、石垣島、与那国島などの島を結んだ「線」を引き、中国を牽制しようという作戦だとみていいでしょう。この「線」を軍事用語では「第1列島線」と呼んだりします。その位置などについては、次のURLをご参照下さい。↓

https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/col-142.html

 www.mod.go.jp 
コラム142| 海上自衛隊幹部学校
https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/col-142.html

なるほど。で、この「第1列島線」を守るのは在日米軍でなく、自衛隊の役目だということでしょうか?

そうです。ですからこれらの島への自衛隊配備が近年進められています。2013年までは、南西諸島地域で陸上自衛隊が置かれているのは沖縄本島のみでしたが、16年には日本最西端の与那国島に陸自の沿岸監視部隊が配置され、昨年(19年)3月には宮古島に陸自の駐屯地が開設されました。ただし地元住民との軋轢もあって、着実に進んでいるとは言いがたい状況です。

地元民とどのような問題が生じているのですか?

賛否両論で地元民が対立する事態が生じています。与那国島の場合も住民が自衛隊「誘致派」と「反対派」に二分されましたが、2015年2月の住民投票で受け入れることに落ち着きました。ただし中国への脅威感がその主たる理由ではなく、人口減少に歯止めをかけるため、自衛隊員とその家族の定住が望ましいとの判断や、自衛隊駐留に伴い政府からの財政支援が得られるという現実的な要因が大きく働いた結果といえます。同様のことは宮古島や石垣島でも見られ、市長選や市議会選でも自衛隊受入れ問題が争点となりましたが、受入れの方向で推移しています。とはいえ、島民たちの自衛隊への警戒心は払拭されたわけでなく、昨年にも宮古島では陸自の駐屯地をめぐる事件が起こっています。

どんな事件ですか?

駐屯地開設の前に防衛省は、小銃弾や発煙筒などの火器を保管するだけだと住民に説明していたのですが、実際には中距離多目的誘導弾や81ミリ迫撃砲弾といった強大な武器を配備しようとしていたことが発覚し、自衛隊誘致に協力してきた地元民をも大いに憤激させたのです。防衛省は「説明不足」を謝罪し、それらの重火器を保管するための弾薬庫を居住地から離れた場所に新設することを約束しましたが、1年以上経った今も実現していません。一度地元民に植え付けられた不信感は拭いがたく、防衛省としても慎重にならざるを得ないのが現状です。

では政府の「南西諸島防衛の強化」策は足踏み状態なのでしょうか?

仕切り直しと言いましょうか、政府与党は最近新たな動きを見せています。7月3日、元防衛大臣の中谷元氏が沖縄県庁を訪れ、玉城デニー知事に対し、移設後の辺野古基地の活用法として「軍民共用」そして「自衛隊と米軍による共同使用」案を提示したと伝えられています。知事はこれを拒み、政府関係者も中谷氏の案を「一政治家の発言に過ぎない」と無関係を装っていますが、水面下で何かしらの打開策が講じられているのではないでしょうか。
中谷氏は自衛隊との共用案に関し、朝日新聞のインタビューに次のように答えています。「中国の情勢は大きく変わっている。尖閣諸島や宮古島、奄美大島の海峡を中国の船がどんどん通るかもしれない。南西諸島における自衛隊の規模や配置を考えると、基地のあり方も日米で協議すべきだ。自衛隊の司令部を置き、共同使用にしたらどうか。」(7月29日付『朝日新聞』)

今まで沖縄の基地問題といえば、専ら米軍基地のことを指していましたが、これからは自衛隊基地の存在がクローズアップされそうですね。

そう思います。8月4日、河野太郎防衛大臣が記者会見のなかで、中国公船の活動に関して「自衛隊としても海上保安庁と連携し、必要な場合にはしっかり行動したい」、「万が一、自衛隊が対応しなければならないような事態になったら対応する」と明言したことが印象的でした。いまや沖縄は米軍に加え、自衛隊の基地化という厳しい現実に直面していると言っていいでしょう。沖縄の受難は終わりません。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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