かわらじ先生の国際講座~注目されるインドの動向

6月15日、中印両軍が国境地帯で衝突し、インド軍側が20名死亡、中国軍も少なからぬ死傷者を出したようです。国境問題をめぐる両国軍の衝突で死亡者が出たのは45年ぶりとのこと。ともに人口約14億人の大国、しかも核兵器をもつ国同士がこのような流血を伴う事態を引き起こしたことに驚きました。まるで巨象の諍いのようで、周辺諸国に甚大な影響を及ぼすことはないのでしょうか?
5月初頭以来、国境線の未確定地帯で緊張が高まっており、両軍が兵士を増派しているとの報道がありましたので、起こるべくして起こった衝突でしょう。ただし、どちらも銃火器は用いず、投石や殴り合いによる衝突だったようですから、深刻な軍事紛争に発展することはないと思います。双方とも責任を相手に押しつけ合ってはいるものの、翌々日には中印外相が電話会談し、事態悪化の回避で一致しましたし、6月23日にはロシアのラブロフ外相も仲裁に入り、3国外相によるテレビ会談が行われました。とりあえず沈静化し、大事に至ることはないとわたしは見ています。
しかし死者を出す衝突は45年ぶりだと言いますから、今、このタイミングで世界の耳目を集める事件が起こったのは偶然とは思えません。何か意味があるのでしょうか?
どちらが先に手を出したのかはわかりません。しかし、この国境衝突を重大事態として世界により大きくアピールしたのはインドのほうでした。現に中国のメディアはこれを極力小さく扱おうとし、死傷者すら公表していません。どうもインドが従来の対外戦略を変えようとしているようです。この事件はその表れの一つと見てよいでしょう。
それはどういうことでしょうか?
冷戦時代以来、インドは非同盟を国是としていますが、近年は中国とだいぶ接近するようになっていました。2017年には中国とロシアが創設した上海協力機構(SCO)に正式加盟しました。また中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも加盟しており、2018年にはインドのムンバイで第3回年次総会が開かれました。AIIBの投融資先としてもインドは最大で、全投融資額の約3割がインドに振り向けられているのです。つまりインドは経済的にも中国の恩恵を被ってきたのですが、最近になって、両国の関係がぎくしゃくし出したのです。
何が生じたのでしょう?
中国が推し進める「一帯一路」がインドを圧迫するようになったのです。中国はインドの宿敵であるパキスタンを「一帯一路」に取り込み、さらにはネパールやスリランカなど、インドの影響下にあった国々をも自国の勢力圏に入れてしまいました。また、中国がチベットを含む中印国境地帯の防備を固め、着々と「要塞化」していることもインドを刺激しています。さらには南シナ海からインド洋にまで中国海軍が進出していることもインドを苛立たせています。そして中国発の新型コロナウイルス禍のせいで、インドの失業者は1億人を越え、経済的な打撃と政情不安がもたらされました。インドのモディ政権としても国民の不満のはけ口を中国に向けざるを得ないという事情も重なったように思われます。
となると、「中国包囲網」を作りたいアメリカなどの動きも活発化しそうですね。
はい。5月30日にアメリカのトランプ大統領は、G7の開催を今秋に延期することを発表するとともに、ロシア、インド、オーストラリア、韓国の4カ国を招待したい考えを明らかにしました。招待するだけでなく、G7をG11に拡大する腹づもりだとも伝えられていますが、新聞によれば、インドのモディ首相はトランプ大統領と電話会談し、参加の意向を示した由です。
6月4日、インドとオーストラリアはインド太平洋における防衛協力を拡大させる旨の共同声明を発表し、日米主導による「自由で開かれたインド太平洋」構想への賛同を表明しました。インドは軍事的にも中国を牽制する側についたということでしょう。このような流れの中に今回の中印国境衝突を位置づければ、その意味はかなりはっきりしてくるのではないでしょうか。すなわちインドは反中国姿勢を示すことによって、日・米・オーストラリアとの連携を明確化させたのだと思います。
日本の防衛省も7月1日付で、インド太平洋地域防衛強化のための専門部署を新設しました。

 Yahoo!ニュース 
防衛省、ASEAN担当ポストを新設 インド太平洋地域の防衛協力強化図る(毎日新聞)...
https://news.yahoo.co.jp/articles/7942632b7f82584cba25cdf73b80eb032af9c609
 防衛省は1日から、東南アジア諸国連合(ASEAN)などを担当する課長級のポストを新設した。米国とともに掲げる「自由で開かれたインド太平洋」構想を踏まえ、インド太平洋地域の防衛協力強化を図る。

この新部署が中国の海洋進出を牽制するためのものであることは言うまでもありません。今後はこうしたインド太平洋をめぐる各国の動きが一段と活発化するものと予想されますが、その中でインドの動向が大いに注目されます。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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