「カナリア俳壇」30

新型コロナウイルス蔓延のニュースばかりで、気分も沈みがちな毎日ですが、たくさんのご投句を嬉しく、そして頼もしく感じております。早速ご投句順に見てゆきたいと思います。

○静寂を破り椿のひとつ落つ    万亀子
【評】感覚の研ぎ澄まされた句ですね。「椿のひとつ」をもうすこしなめらかにして、「静寂を破り一輪椿落つ」でいかがでしょう。

△春疾風人智及ばぬコロナ菌    万亀子
【評】まさにそのとおりですが、「人智及ばぬ」が観念的な表現で、詩としての俳句には今一歩でしょうか。いい例が思いつきませんが、たとえば「春疾風電線鳴れるコロナ菌」のように具象物を持ってきて五感に訴えるのが俳句的技法です。

○~◎ぶらんこの立漕ぎ揃ふ青空へ    マユミ
【評】爽快感のある句です。この「揃ふ」は、ぶらんこ同士が一瞬ぴたっと空中に静止する場面でしょうか。とすると「青空に」のほうがいいかもしれません。

△色柄のマスク華やぐ夏隣     マユミ
【評】マスクは冬の季語ですので、このままでは意味がとりづらいと思います。「新型コロナウイルス禍」とでも前書をつける必要がありそうです。ただしこの句の陽気さ(それは季語にも感じられます)は、今の状況を考えるとちょっと違和感があります。

△蝸牛めざめさせたる今朝の雨    音羽
【評】観念的と言いますか、理屈にとどまっています。どんなふうに目覚めさせたのでしょう。それを具体的に描写すると、もっと精彩のある作品になるはずです。

△グ-となりパ-と散らばる黒目高    音羽
【評】なかなかの冒険句ではありますが、言葉遊びに終始している感じで、今一つ鮮明な映像として見えてきませんでした。

△フエルトのかぶと目深に初節句    多喜
【評】「フエルト」とは独特な手触りの繊維品の呼称ですね。このフエルト製の兜は店で売っている商品なのでしょうか。それとも手作りのものでしょうか。素材に焦点をあてるより、手作りの兜だという点を前面に出した方が面白いように感じます。それと「目深に」は幼子より、むしろ大人に似合う語ではないでしょうか。「眼に被さる」とか「ずり下がる」とか、もっとあどけなさが出る表現が見つかるといいですね。

△筍の灰汁溢れじと見守れり    多喜
【評】作者の意思ですから「溢れさせじと」ですね。しかしそれでは字余りですので、「筍の灰汁こぼさじと見守れり」でしょうか。ただ、これでは煮ている感じが出ませんので難しいところです。「筍の灰汁こぼさじと火を弱め」でどうでしょう。

◎永き日や鏡暇なる理髪店    徒歩
【評】面白い句です。本当は「主(あるじ)暇なる」なのでしょうが、鏡にそれを仮託したのですね。「鏡暇なる」とは独特な感性ですから異論もありそうですが(たとえば「鋏暇なる」のほうが伝達力はあります)、わたしはこのままがよいのではないかと思います。

△~○葉桜や兄弟兵は肩を組み    徒歩
【評】ちょっと句意がとりづらいのですが、つまりこういうことでしょうか。この仲の良い兄弟は元学徒兵だったが、桜のように命を散らすこともなく、こうして葉桜のように逞しく生き延び、肩を組んで流行歌なんぞを高唱していると。それなら「兄弟は元学徒兵花は葉に」とでもすると現代の句になります。「兄弟兵」では戦時の句にもとれます。

○~◎父の背を馬跳びする子風光る    妙好
【評】伸びやかな気持ちにさせてくれる佳句です。このままでも結構ですが、あえて言えば、「父」とありますので「子」は言わなくてもいいかもしれません。「父の背を兄と馬跳び風光る」「父の背をぽんと馬跳び風光る」などとする手もあります。

○床上げや沈丁の香が部屋通り    妙好
【評】よく情景が見えてきます。「部屋通り」が賑やかすぎて落ち着かない感じですので、「床上げや沈丁の香を部屋に入れ」くらいでどうでしょうか。

△~○祭なきコロナの街や静まれり    豊喜
【評】「コロナ」だけでは不十分ですので「コロナ禍」としておきましょう。「祭なきコロナ禍の街静まれり」。ただし祭がないので静まっているのは当然だとも言えますね。

△~○人影のなき満開の桜かな    豊喜
【評】調べがややなめらかさに欠けます。「人影のなくて桜は満開に」。ついでに「新型コロナウイルス禍」と前書を付けておけば句意もより明瞭になるでしょう。

△~○愛犬が鼻近付けし鼓草    美春
【評】焦点が「愛犬の鼻」にあるのか、「鼓草」にあるのか曖昧です。愛犬の鼻を主として作り直しましょう。「愛犬が鼻たんぽぽに近寄する」。

△~○色増して妻の背に落つ桜かな    美春
【評】この仕立て方ですと、桜の花びらが落ちる寸前に色を濃くしたみたいです。白々と舞っていた花びらが、背中に落ちたとき、色を増したように見えたのですね。たとえば「妻の背にとまりて落花いろ増せり」でどうでしょう。

△磯の貝届く岬のさくら哉    えみ
【評】「磯」「貝」「岬」「さくら」と句材が多すぎて、焦点が定まりません。貝と桜だけの句にするのも一法でしょう。「打寄せし貝に交じれる落花かな」など。

○~◎埋もれ木の埋もれぬ夢や啄木忌    えみ
【評】心象風景のような独特の味わいの句ですね。この「夢」は芭蕉の名句「蛸壺やはかなき夢を夏の月」を思わせます。「埋もれぬ夢」に少し理屈が入ってしまっている感じがしますので、あと一歩工夫すれば秀句になりそうです。「埋れ木のさめざる夢や啄木忌」「埋れ木の浅き夢見し啄木忌」、、、いざ手を入れようとするとなかなか難しいですね。

△最大の春満月や祈りの手    織美
【評】4月8日のスーパームーンですね。「最大の春満月」では、意味は通じますが詩的ときめきがありません。もっと感覚的に表現しましょう。「祈る手に触るるばかりに春の月」など、もう一工夫してみましょう。

△~○闘病の友天にいく花の冷     織美
【評】気持ちはよく伝わってきますが、「天にいく」が少しぎこちないように思います。それと文語では「いく」でなく「ゆく」を使います。一例ですが、「闘病の友旅立てり花の冷」でいかがでしょう。

○初蝶や三輪車の子地を蹴りて   永河
【評】春先ののどかな情景が見えてきます。取合わせの句では季語はできるだけ離すのが原則ですが、この句の場合、「初蝶」と「三輪車」をもう少し関連付けてみたい気もします。「初蝶のあと地を蹴つて三輪車」ではへんでしょうか。

○~◎桜蘂散つて地上は濡れてゐる   永河
【評】格調の高い口語俳句です。長谷川櫂氏に「春の水とは濡れてゐるみづのこと」という代表句がありますが、これは「春の水」を「濡れている水のこと」だと定義したものだと思います。永河さんの場合は、桜蘂が散る地上は濡れているのだと定義付けされたのですね。俳句は断定の詩だとも言いますから、これは結構だと思います。

△~○夏の蔦トーテムポール上りきる    ばた子
【評】情景はよくわかりますし、トーテムポールという句材もエキゾチックで魅力的です。ただ、もう一ひねりしてほしいところです。「蔦青しトーテムポール登りきり」など。

○夏蔦の隠すトーテムポールの目    ばた子
【評】これは一ひねりあって面白い句ですね。アメリカ大陸の風土感を出すには、もう少しざらっとした感触がほしいと思います。ほんのちょっとしたことですが、「夏蔦の」の「の」は和風です。ここを「夏蔦が」とすると、そのざらっとした感じが出るように思いますがいかがでしょう。

△~○コロナ禍の終息願ひマスク縫ふ    蓉子
【評】素直に詠まれた素朴な作品で好感はもてますが、日常感覚にとどまり、ややインパクトに欠けます。もう少しパンチをきかせ、力強い句にしてみましょう。「コロナ禍に負けてなるかとマスク縫ふ」でいかがでしょう。

△~○鯉のぼり川面に映し漂ひぬ    蓉子
【評】川岸に竿を立て、川を横切るように泳いでいる鯉のぼりなのでしょうね。「映し漂ひぬ」と動詞を二つ重ねたところが冗長です。もっとすっきり詠めるといいですね。たとえば「川波に影ゆらめかせ鯉幟」など。

次回は5月12日に掲載の予定です。前日の午後6時頃までにご投句いただけると助かります。新型コロナ禍はまだ収まりそうにありません。皆さんもどうぞお体に気をつけてお過ごしください。河原地英武

「カナリア俳壇」への投句をお待ちしています。
アドレスは efude1005@yahoo.co.jp 投句の仕方についてはこちらをご参照ください。


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