かわらじ先生の国際講座~プーチン大統領の思惑

このところロシアのプーチン大統領が政治改革に向け、活発な動きを見せています。ロシアでは何が起こっているのですか?

そうですね。プーチン氏が1月15日に突如、年次教書演説を行ったことに驚きました。この時期はまだ、ロシアでは新年のお祝い気分が抜けず、政治は小休止状態なのです。例年、年次教書演説ももっと遅い時期になされます。去年は2月20日でしたし、一昨年は3月1日でした。国民や政治家に「目を覚ませ」とカツを入れるようにして演説が行われたのです。「プーチン大統領の1月革命」などとかき立てるロシアの新聞もありました。

とすると、何か重大なことが述べられたのでしょうか?

演説の終わりに注目すべき発言がありました。まず自分は次の大統領選挙(4年後の2024年のことですが)には出馬しないこと、また大統領の権限を縮小させ、議会その他の国家機関の力を強めること、これらの案を入れた憲法改正をしたいことなどを表明したのです。そして、その日の内に内閣が総辞職させられ、翌日には、長年プーチン氏と行動を共にしてきたメドベージェフ首相に代わって、ほとんど無名に近いミシュスチンという人物を新首相に抜擢したのです。さらに驚くことに、20日はもう議会下院(日本の衆議院に相当)に憲法改革案を提出し、ただちに審議に入るよう促したのです。

このように電光石火のごとく行動できたということは、相当前から入念な準備を進めていたのでしょうね。

そうでしょう。ただし大臣や議員は寝耳に水だったとも伝えられていますので、ごく少数の人間だけで内密に準備したものと思われます。もちろんプーチン大統領自らがイニシアチブをとったことは間違いありません。

この素早い行動の目的は何なのでしょう?

二つ考えられます。一つ目は、国民の不満に対する対応です。近年、ロシア経済は低迷を続け、そのうえ政財界における汚職問題が頻発していました。内閣を総辞職させることによって国民の信頼を取り戻すことが急務だったのでしょう。
二つ目は、プーチン氏個人の問題です。彼は4年後に大統領の任期が切れたあとどうすべきか、ようやくその青写真を描くことができたようです。

もう大統領に立候補しないのでは?ということは、引退することに決めたのではないですか?

ところが、そうではなさそうなのです。彼が下院に提出した憲法改正案によれば、今後、大統領の権限はかなり縮小されます。具体的には、首相や閣僚の人事は議会の下院に承認権を付与することになります。国防相や治安機関のトップなどの人事も、議会上院と協議しなくてはならなくなります。他方、今までは大統領の諮問機関に過ぎなかった国家評議会は、内政や外交の基本方針を決める国家機関に格上げされます。これは何を意味すると思いますか?

プーチン氏は大統領を辞めたあと、権限が強化される機関の長に納まろうという腹づもりなのでしょうか?

はい。ロシア国内の政治評論家も、外国の専門家もそのように見ています。その見方は間違っていないでしょう。大統領の座は別の人物に譲りながら、その権限は弱めてしまい、自らは新大統領をコントロールできるような地位につこうという心算だと思われます。憲法を改正し、国家制度を改め、自分の納まるべき場所に権力を集めようというわけです。

しかしプーチン大統領は2000年以来、もう20年間も最高権力者の座にあったわけでしょう。これからは穏やかな老後を送ろうとは考えないのでしょうか?

そこが常人とは違うところです。これは独裁的な権力者のさがでもあり、宿命でもあります。第一に、プーチン氏は現在67歳。政治家としてまだ十分に若いと思っているはずです。現に彼の肉体的な鍛錬は尋常ではありません。第二に、最高権力を手にした者は、その全能感を忘れることができないと言われます。一度手にした至高の力を手放せる人間はなかなかいないということでしょう。

そして第三に、独裁的な指導者は辞めるに辞められない事情があります。プーチン氏の場合は、チェチェン戦争で十数万人の命が奪われたことへの責任があります。それ以外にも、大統領の命令で命を落としたり、権力の座を追われたりした人々は数知れません。すなわち彼が年金生活者になったとたん、リベンジを果たしたいと望む人間は列をなすほどいるわけです。また、彼が権力を手放せば、政敵たちはここぞとばかり、彼の汚職を暴き立て、逮捕に追い込もうとするかもしれません。それにプーチン氏にも守るべき家族がいます。そう考えますと、残りの人生が安泰であるためには、最高権力を保持し続けるほかありません。引退などできないのです。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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