「経済的徴兵制」に気をつけよう

今年は8月15日が木曜日にあたりましたので、終戦の日に絡めた話題にしました。「経済的徴兵制」という言葉を聞かれたことはあるでしょうか?「徴兵制」は一定年齢の若者に、兵士になることを義務付ける制度です。日本では「戦前にあった制度」という認識が多いかと思います。現在でも国によっては徴兵制があります。例えばお隣の韓国は、北朝鮮と現在も戦争状態(停戦状態)にありますので、成人男性に徴兵が課されています。最近ではフランスのマクロン大統領が、徴兵制復活(男女に対する徴兵制)を大統領選挙の公約に掲げています。
これに対して「経済的徴兵制」とは、兵士になることが国民の義務ではないが、低所得者などに対して「兵士になるしかない状況」を作り出すことを言います。例えば大学に進学するお金のない家庭の子女に対して、「自衛隊員になるなら返済義務のない奨学金を与える」といった制度を用意するというのも、経済的徴兵制を実現する方策のひとつです。
80歳になる私の母は「昔は農家の次男とか貧乏な人とかは、兵隊になるしかなかったんや」と時々言います。そういう頃のことをご存知の読者もいらっしゃるかと思います。「経済的徴兵制」はそういう状況を、現在の社会的文脈に即して、より組織的制度的に作り出そうとすることです。なお、経済的徴兵制の「先進国」としてしばしば引き合いに出されるのは米国です。

経済的徴兵制が最近で話題になったのは、2015年の集団的自衛権行使容認の新安保法制が強行採決された前後だと思います。布施祐仁さんの著書「経済的徴兵制」が出版されたのもこのころです。布施さんのインタビューをこちらから読むことができます。


「経済的徴兵制」は日本においても、すでに始まっていることなどが指摘されています。この背景にあるのは、自衛隊員の成り手不足です(現在でも7割ほどしか集まっていない)。しかも若年人口は減少していくのに、集団的自衛権行使容認などによって自衛隊の活動範囲が広がれば、自衛隊の人手不足はより深刻になります。それをなんとかするために、経済的徴兵制に相当する動きが始まりつつあるとの指摘です。


2015年には国会でも取り上げられました。立憲民主党の初鹿議員が質問をしています。


この質問にあるように、文科省の有識者会議において奨学金の返済を滞納している者について、「現業を持っている警察庁とか、消防庁とか、防衛省などに頼んで、一年とか二年のインターンシップをやってもらえば、就職というのはかなりよくなる。防衛省は、考えてもいいと言っています。」との発言があったのです。防衛省・政府からの回答は、そんな検討はしていないというものでした。
しかしこの質問が行われたのと同じ2015年7月には、「『日本版ROTCの検討』を進めることが明記された防衛省の内部文書が明らかになっています(検討してるやん!)。なおROTCとはアメリカ軍が米国内の大学に設けている幹部養成制度で、卒業まで学費や生活費の支給が保障される一方、部隊訓練への参加や軍事に関する講義などを課せられ、卒業後は一定期間、軍勤務が義務づけられるというものです。受講生の圧倒的多数は貧困層とされます(記事の本文より)。


新安保法制(いわゆる戦争法)の強行採決から4年がたち、経済的徴兵制については大きなニュースにはならなくなっています。けれどそういう事態は近づきつつあると言えるのだろうと思います。自衛隊の活動は拡大される一方ですし、格差や貧困は深刻化しつつあります。
話が変わってしまいますが、自衛隊の活動拡大に関係してしまってほしくない件で。7月30日にかわらじ先生が解説しておられたホルムズ海峡での船舶安全確保のための「有志連合」の件、7月25日付の日経新聞にこちらの記事がありました。あまり話題になっていないようなので、こちらで紹介しておきます。


「アメリカさんの呼びかけには答えないといけないでしょう。石油がなくなったら困る」と反射的に結論を出してしまう前に読みたい記事です。月岡会長は「基本的には石油元売り各社が自分たちのオペレーションで(船を)守ることが大事」と述べています。確かに、軍隊だの自衛隊だのがやってくれば、緊張が無用に高まり、安全確保が余計に難しくなることもあるだろうと思います。
ホルムズ海峡の件に限らず、安全保障や軍備のことは「だって仕方ないじゃない」という気持ちを誘導させられやすいですが、「仕方ない」と思考停止するのはまだ早い。これからの若い人たちに経済的徴兵制を押し付ける前に、考えられることもできることも、実際にはたくさんあります。
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西垣順子<大阪市立大学 大学教育研究センター>
滋賀県蒲生郡日野町生まれ、京都で学生時代を過ごす。今は大阪で暮らしているが自宅は日野にある。いずれはそこで「(寺じゃないけど)てらこや」をやろうと模索中。老若男女、多様な背景をもつ人たちが、互いに互いのことを知っていきながら笑ったり泣いたり、時には怒ったりして、いろんなことを一緒に学びたいと思っている。著書に「本当は怖い自民党改憲草案(法律文化社)」「大学評価と青年の発達保障(晃洋書房)」(いずれも共著)など。


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