かわらじ先生の国際講座~硬化するロシアの対日姿勢

G20大阪サミットのため来日したプーチン大統領と安倍首相は、6月29日に首脳会談を行いました。成果はあったのでしょうか?

首脳会談の内容は日本外務省のホームページに載っています。

これを読むといろいろなことが話し合われ、多くの合意点があったように見えますが、その実、過去の議論の蒸し返しで、肝心なことは何も決まっていないのがわかります。「率直に議論」、「引き続き交渉を進めていく」、「議論が深まっていることを歓迎」といった文言がそのことを物語っています。共同記者発表で安倍首相は、平和条約交渉について「乗り越えるべき課題の輪郭は明確になってきている」と述べましたが、立ちはだかる壁の強固さを痛感したということでしょう。

つまり領土問題に関しては進展がなかったということですか。

はい。進展どころか後退でしょう。そもそもG20開催前の6月20日、ロシア爆撃機が2回、日本の領空を侵犯したことは偶然ではありません。

 時事ドットコム 
ロシア爆撃機が領空侵犯=太平洋上で2回、15年以来-防衛省:時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019062000923&g=pol
防衛省は20日、ロシア軍のTU95爆撃機が同日午前、沖縄・南大東島と東京・八丈島付近の太平洋上で2回領空を侵犯したと発表した。航空自衛隊の戦闘機が緊急発進(スクランブル)して対処し、危険な行為はなかったという。
日本を仮想敵国と見なしているのです。6月22日にプーチン大統領は、ロシアの国営テレビ番組で、領土を日本に引き渡す計画がないことを明言しました。これはロシア国民への公約です。もはや一島たりとも譲歩するつもりはないと考えた方がいいでしょう。

解せない話です。このところ日本政府は譲歩に譲歩を重ね、最大限ロシア側に歩み寄ってきました。特に2月以降、政府は北方領土を「日本固有の領土」と言わなくなりましたし、ロシアによる「不法占拠」という表現もやめています。4月23日に公表された『2019年版 外交青書』でも、前年版まで用いられていた「北方四島は日本に帰属する」という文言が削られました。そして1956年の日ソ共同宣言を基礎としてロシアと交渉していくことを前面に押し出したのです。これはまさにプーチン大統領が望んだことではありませんか?

たしかに日ソ共同宣言を基礎にしようと言い出したのは、2000年9月に来日したプーチン氏のほうです。共同宣言9条には「歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する」と明記されていますので、ロシア側は2島決着論を日本側にぶつけてきたわけです。しかし日本は「4島返還」が国是でしたから、まさか本当に2島で手を打つとは予想していなかったはずです。それにロシアの世論を考えると、今のプーチン政権は2島でさえ日本に渡すことはできないと思われます。

ロシアでも世論は考慮されるのですか?

もちろんです。大統領も議員も国民選挙で選ばれるのですから。近年のプーチン氏は、人気にかげりが出ています。長期政権に多くの人々が倦んでいることや国内経済の低迷、それに年金受給年齢の引き上げ策も国民の不評を買い、プーチン大統領の支持率がかなり下がりました。大統領への支持率が史上最低であることは、ロシアのメディアが認めています。


なるほど。領土で日本に譲歩したということになれば、民心は一層大統領から離れますね。

さらに言えば、安全保障上、日本はロシアの敵側にいることも忘れてはなりません。すなわち中国の「一帯一路」戦略で中ロが連携し、それを日米の「インド太平洋」戦略が封じ込めようとしています。昨年9月中旬、ロシアは極東で、冷戦後最大規模の軍事演習を行い、それには中国軍も参加しました。仮想敵とされたのは在日米軍と自衛隊以外に考えられません。近年、ロシアが北方領土を軍事拠点化していることは、昨年版の『防衛白書』に記されている通りです。

日本がアメリカからの購入を決めているイージスアショアが、ロシアにとって軍事的脅威とみなされていることも、たびたび報じられています。

このような安全保障環境下では、北方領土問題の解決どころではありませんね、、、。

そうですね。それよりも今重要なのは、日本周辺の軍事的緊張を和らげることでしょう。そのなかには北方領土の非軍事化も含まれます。これは日露2国間で解決できる問題ではありません。北朝鮮の非核化を目標とする6者協議(日・米・中・露・韓・北朝鮮)を再開し、さらにはこれを極東地域の集団的安全保障機構へと発展させ、ロシアとの信頼を醸成していくよりほかに近道はなさそうです。その先に領土問題の解決も見えてくるように思います。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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