かわらじ先生の国際講座~米露の核戦略

あと一ヶ月足らずで2018年も終わりますが、この1年を振り返ると、北朝鮮の行動が非常に穏やかになりました。核ミサイル開発問題は解決に向かっているとみていいですか?

来年1月か2月に米朝首脳会談が行われる見込みです。北朝鮮も成功させたいはずですから、世界を欺くことはしないでしょう。朝鮮半島の非核化は前進すると思います。

では核の脅威は遠ざかったということですか?

ところが今度は、アメリカとロシアが露骨に核兵器の増強政策を打ち出しました。まずロシアですが、プーチン大統領は今年3月に年次教書演説を行い、世界の全地域がロシアの核兵器の射程内にあると恫喝し、アメリカ・フロリダ州とおぼしき場所に核ミサイルを撃ち込む映像を流しました。次のサイトをご覧ください。

他方、アメリカは?

トランプ大統領が10月下旬、INF(中距離核戦力)全廃条約からの離脱を明らかにしました。こちらをご参照ください。


この条約は1987年12月、米ソ間で結ばれた画期的な軍縮条約で、それまで米ソはそれぞれ2万発以上の核兵器を持っていましたが、この条約によって一気に半減することになったのです。まさに冷戦の終わりを象徴する条約でした。

なぜトランプ大統領はこのような決断を下したのですか?

今までアメリカは忠実にこの条約を守ってきたのに、ロシアは一方的に違反して中距離核戦力の開発を進めてきた以上、アメリカはもはやこの条約に拘束される義務はないとの考えからです。さらに、この条約は米露(米ソ)間のものであるため、中国は何の束縛もなく核開発を進めてきたとの不満もアメリカにはあります。ロシアはこのトランプ大統領の決定を直ちに非難しましたが、内心は歓迎しているとの見方もあります。

それはどうしてですか?

INF(中距離核戦力)とは、米露が互いを直接標的とするのではく(射程距離が短いので、お互いの国には届きません)、それぞれの同盟国をターゲットとする核兵器です。冷戦時代であれば、アメリカは東ドイツ、ポーランドなどの東ヨーロッパ諸国、ソ連は西ヨーロッパのNATO加盟国や日本を攻撃するための核兵器でした。現在、東欧諸国はほとんどがNATO加盟国(すなわちアメリカ側)となりましたので、ソ連の同盟国といえば、イランやアサド政権下のシリアとなりますね。そのへんがアメリカの新たな核攻撃の標的とされるのでしょう。

それがロシアにとって歓迎すべきことなのですか?

INF全廃条約は、相手の同盟国をターゲットにする非人道的な核兵器は捨てようとの精神で締結されたものです。その条約を廃棄するというのは、再び双方の同盟国を目標とする中距離核兵器を持とうという意味です。つまり、かりに米露が核戦争に至ったとしても、お互いの国は攻撃せず、それぞれの同盟国を犠牲にして決着をつけようという虫のいい話なのです。この条約がなくなれば、ロシアも中距離核ミサイルの照準をあからさまに日本に向けてくるでしょう。

そんなことになれば北朝鮮による核の脅威の比ではありませんね。

はい。ですからトランプ大統領がINF全廃条約からの離脱を表明した時、真っ先に懸念を表明し、トランプ大統領を説得し、思いとどまらせるべきは日本だったはずです。ところが日本政府は、トランプ大領領の決定にあっさり理解を示してしまいました。北朝鮮に対しては、あれほど危機感をあらわにしていたのに。米露は表向きは互いを非難していますが、その実、双方の同盟国を核の人質にとりながら、お互いに対しては核の攻撃を手控えるという大国のエゴイズム丸出しの政策をとろうとしているのです。日本を核の脅威にさらすような米露の核政策を我々は認めてはなりません。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。