「カナリア俳壇」5

10月17日から11月2日までにご投句いただいた作品を掲載します。簡単なコメントを付けましたので、ご参考にしてください。 河原地英武

△零余子摘む寄席の開場待ちながら     おたま

【句評】実体験に即した句だと思いますが、ふつう寄席は繁華街など賑やかな場所にありますので、なぜそんなところで零余子を摘むことができるのか、考え込んでしまいます。

△東京の地下へ地下へと神の留守     おたま

【句評】都心の地下鉄には相当深いものがありますね。エスカレーターを乗り継いで降りていかなくてはならないような駅もあった気がしますが、おたまさんもそれを詠まれたのでしょう。ただ、季語が効いていません。この季語は、頭の片隅で出雲を意識しているはず。すでに「東京」が出ていますので、地理を連想させない、ダイナミックな季語を見つけてください。

△空蝉や金の卵てふ名は昔     次郎

【句評】わたしも社会に出たのはバブルがはじける前、金の卵といわれた年代です。そんなふうにもてはやされたのは、遠い昔のことだと、少し自嘲気味に詠まれているのかな、と想像しました。空蝉は自画像(あるいは同世代を代表したイメージ)でしょうか。中七が字余りです。「金の卵は昔の名」ならOKです。「金の卵」「企業戦士」「働き蜂」など団塊世代はいろんな名で呼ばれましたが、その感慨を575で言うのは至難の業ですね。

△着膨れて薫物合せせし媼     次郎

【句評】薫物合せは平安時代の宮廷遊戯の一つとのことですが、この「媼」は源氏物語か何かに出てくる人物を念頭に置いているのでしょうか。せっかく雅な遊びをしているのに、着ぶくれた格好では野暮であるとの批判精神の句でしょうか。この「媼」に対する作者の気持ちないし感慨がよく汲み取れませんでした。

〇 秋高し呵呵呵と咲ひ母白寿     妙好

【句評】「咲う」と書いて「わらう」と読むのですね。ネットで調べて知りました。大輪の花のように大らかに、声高らかと笑う白寿のお母さん、すてきですね。季語ものびやかで結構です。

△~〇 鹿垣や崩れしままに藪と化し     妙好

【句評】一般に上五を「や」で切った場合、中七・下五は上五から離れて、別の事柄に転じるのが定法です。しかしこの句は、中七・下五が上五の説明ですので、「や」で切るのはまずいと思います。このように「鹿垣」のことをだけに焦点を当てた句は、取り合せではなく、一物仕立てにするとよいでしょう。「崩れたる鹿垣藪と化しにけり」といった具合に。

〇 いのこづち捨てたき縁も捨てきれず     とんぼ

【句評】いわゆる境涯俳句ですね。腐れ縁ともいうべきものにすこし疲れている作者を想像しました。「いのこづち」を季語としたのは、衣類などに付着する、あの鬱陶しさゆえでしょうね。

△ 秋空に悪魔の煙工場火事     とんぼ

【句評】ひどい現場をご覧になっての感慨なのでしょう。「悪魔の煙」という言葉がとっさに出てきたのだろうと推測します。しかし、俳句にそれを使ったら、読者の気持ちは引いてしまいます。読者がこの句から空想する余地はなくなってしまうからです。また、季語「秋空」は、なんだか取って付けたようです。むしろ作品としては、いっそもっと穏やかな「春の空」を持ってきた方が迫力が増すように感じました。

△~〇 干柿の紐きつくしむ夕軒端     音羽

【句評】「夕軒端」の「夕」がどうでしょう。この句は紐をきつく締めたというところが感動のポイントです。そのうえ、夕焼いろに染まった美しさまで詠み込もうと、ややよくばった句になっていませんでしょうか。「干柿の紐を軒端にきつく締む」くらいで十分と思いました。

〇天高し木遣り響(とよも)す鵜沼宿     音羽

【句評】ネットで調べたら「中山道鵜沼宿秋まつり」というのが出てきました。鵜沼には木遣り唄を歌って練り歩く行事があるのですね。格調高く、きちんとまとめられた作品です。

〇 潮騒の向かふはロシア草の花     徒歩

【句評】ロシアという広大な国と、草の花という可憐な季語との対比がユニークです。何かドラマを秘めた句のようですから、ぜひ前書を付けてください。せめて、作者が立っている地名だけでも前書で示してもらえると、さらに鑑賞が深まる気がします。
なお、「学校へ向かう」のように「向かう」が動詞の場合は、歴史的仮名遣いは「向かふ」となりますが、「向こうの空」のように「向こう」を名詞で用いるときは、歴史的仮名遣いは「向かう」とするのが普通です。

〇 秋の炉や書架の背表紙ほの暗く     徒歩

【句評】なかなか雰囲気のある句です。書架に並んでいる本が気になります。どうせなら、「書架の背表紙赤ばかり」なんてどうでしょう。上のロシアの句からの連想で、共産主義文献ばかり集めている人物の書斎だと面白そう。まあ、冗談です。

△~〇 北八(きたやつ)の霧たちこめる池の端  万亀子

【句評】「北八」は北八ヶ岳の略称ですね。「たちこめる」というのは埋め尽くす感じですから、「池の端」の「端」だけに限定するのはいかがでしょう。池一面にたちこめるのでは?また、北八ヶ岳という壮大な山を出したら、池よりもっと大きな湖のほうが釣り合いがとれる気がします。「北八の霧湖にたちこむる」。

△坪庭の雲の切れ間や鹿の声  万亀子

【句評】「坪庭の蜘蛛」ならわかりますが、「坪庭の雲」とは何でしょう。「切れ間」とあるので、やはり「雲」なのですね。孫悟空が乗っかるキン斗雲みたいな小さい雲かもしれませんね。また一坪の小さな庭になぜ鹿の声がするのか。この句が読解できずごめんなさい。

△~〇 ざわつけば猪かと竦む山歩き     もちこ

【句評】句意はよくわかります。ただ、あまり感動が伝わってきません。表現が詩になっていないせいだと思います。「山歩き」がゆるいのかな。「ざわつけば猪かと竦み匍匐せり」だとちょっと滑稽ですね。「ざわつけば」が今一つ絵にならないのが一因かもしれません。ご再考ください。

〇 掘り藷の色濃き湿り紅の肌    もちこ

【句評】感覚を働かせて作ろうとしていることがよくわかり、好感を抱きました。しかし「色濃き」「湿り」と、二つの感覚を一度に言うのは欲張りかもしれません。「堀り藷のくれなゐの肌湿りをり」と官能的に詠むのも一法ですね。

「カナリア俳壇」への投句をお待ちしています。アドレスはefude1005@yahoo.co.jp 投句の仕方についてはこちらをご参照ください。